資産運用について~ちゅらさんのブログから

このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - 資産運用について~ちゅらさんのブログから
Pocket
このエントリーを Google ブックマーク に追加

いつも拝読している有名ブロガーさん、ちゅらさんの記事を読みました。

お金の価値は、少しずつ減っていく…と考えています。

100万円が82万円へ…じりじり下がっていくお金の価値への対策をしていますか?

これを読んで、「う~ん…!」と唸ってしまいました。

確かに現金の価値そのものも、世界中の株式や証券、又は国や社会の世界経済の力関係、パワーバランスで引き算で成り立っている所がありますよね。

現金の価値だって、レートは一定じゃない。

ちゅらさんの言う通り、世界の中での日本円の価値なんです。

(この場合、価値とは純然たる金融資産としての価値)

世界経済は確かに動いています。

今の日本経済だって、実は末端は不法就労外国人に支えられている所だってあります。

不法就労ですよ?不法就労。

要するに最低時給以下で働いているからです。

決して良好ではない環境下の中でね…。

10年前の100万円、いや1万円だって今の1万円の価値と違う訳です。

シビアな金融経済の中で常に流動しているから。

そんな中、『真っ当に働いた、労働収入や、印税等の才覚収入だけに頼るは、所謂キレイ事』なんでしょうか???

資産運用は”あぶく銭”と言う処が無いでしょうか???

一面”濡れ手に粟”という処が無いでしょうか???

勤労収入より、資産運用収入の方が、利益率が高い、と言う事は、マジメに働いている人、真っ当に努力している人がバカをみないでしょうか???

確かに資本主義経済というものは、人間の勤労力、労働力も金銭的にしか、価値判断をしません。

しかも、”人間の努力”や”人間の能力”も相対的に世界経済の中で、金銭的に価値判断を下され、給料、収入と言う形で、支払われてしまいます。

そんな中”努力至上主義””能力至上主義”では、シビアな経済社会の中で、アブナイと言う事でしょうか???

資産運用主義って何か人間精神、壊れると思うのは私だけでしょうか???

正直、資産運用については、答えが出ないちふれでした。

ちふれより

このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - 資産運用について~ちゅらさんのブログから
Pocket
このエントリーを Google ブックマーク に追加

資産運用には消極的です…。

このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - 資産運用には消極的です…。
Pocket
このエントリーを Google ブックマーク に追加

皆さまは資産運用ってご存知ですか???

ご存知の方も多いかと思います。

資産運用している方もいらっしゃるかもしれません。

一寸生臭い、『お金の話』になりますが…。

現在、収入を得るには三つの方法があると言われていますね。

(1)働いて稼ぐ…文字通り、勤労収入と言う事。組織勤務のサラリーマンやフリーターにしろ、独立系の自営・自由業にしろ(独立系は一部違いますが)労働で得るお金、と言う事です。
(2)才覚で稼ぐ…ブログやアフィリエイト、ユーチューバーや、昭和時代だったら、印税とか…(一部の売れっ子じゃないと厳しいと思う)本の出版や音楽CDアルバムの印税等(これも売れるのは大変です…笑)
(3)お金に働いて貰う…不動産投資や株式投資、投資信託やや金融商品等の”上がり” 文字通り『不労所得』です。

このうち、資産運用と言うのは『(3)お金に働いて貰う』になります。

実は三つの方法のうち、現在の日本で一番収入が上がるのがこの『(3)お金に働いて貰う』資産運用なんだそうですね。

一代で財を築く、とか、莫大な収益を上げる、とかで一番多いのが、資産運用。又はその業務に関わる人。

投資会社とか、コンサルティングとか…です。

実際今の時代、年収何千万とか、高収入職業が、資産運用関係。

アベノミクスもコレです。

安部首相はセッセと株価を気にしています。

後の二つはトータル人口で見た場合、あんまり収入にならないみたい。

勤労収入があまり財を築けないのは非正規雇用が多い現在、周知の事実。

才覚収入は財を築けるのはホントにトップレベル。極一握りの人々で、これまた少数派。

才能だってなければならないし…才能と言うモノ程、世の中”不公平且つ不平等”で差別的なものは無いんです。

才能のあるものと無いものの格差の残酷さ…これは他のジャンルとは比べ物にならないです。

最も才能の有る無しは、努力の末、最後に花開くものでありますけれどね。

努力しなければ才能なんて全く分かりません!(←断言)

才覚も同じ。

だけどね、コレって…良い訳???

マジメに働いて得る勤労収入よりも、資産運用の不労所得の方が多く稼げる、何て現実、黙って見て見て良いの???です。

何か、マジメに働き、努力している人をバカにしていませんか???

だって…不労所得だし…ね。

無論、資産運用だって頭の努力は多いにしていると思いますよ。どの株価や金利、国債が価格が上がるか?土地だってどの土地が資産価値があるか、見極めるのも結構大変。

それは解ります。

唯ね、何も生み出していない、と思う訳。

資産運用、と言うのはね、実体経済ではないんです。

アレは虚業。ギャンブルみたいなもんね。

バクチと一緒ですよ、ハッキリ言って…。

バクチ打ちって…まとも稼業ではない、何て昔は言いませんでしたっけ???

バクチ打ちに娘はやらない(嫁がせない)、なんてね。

世の中、まともな稼業とまともじゃない稼業ってセレクトしなければならないと思うの。

まともな稼業、と言うのは実体経済です。モノを作り、売って収入を得る。

資本主義と言うのはこういうので支えられるんですよ。モノ作りの精神。

才覚で稼ぐのだって一緒ですよ。ブロガーやユーチューバー、作家やミュージシャン、アーティスト、ゲーマー…みんな、作品(コンテンツ商品)作ってる。

このブログだって私ちふれ、いちおー、『記事を生産』してますし…と思ってます。

その作品の印税収入だったり、作品の創作者の権利収入、な訳ですよ。

汗水たらして作ってる。労働時間に対する対価、でないだけです。

無論、不労所得、資産運用収入を完全否定しようとは思わないです。ある程度はあっていい。

人間、年取ったら働けなくなる訳ですし、老後の蓄えだって必要。だけどですね…、

勤労収入より不労所得の方が、利益率が高い、と言うのが問題なんです。

そんなんで良い訳???

マジメに働く人がバカを見ますよ。働く気が無くなっちゃう。

一時、生活保護の不正受給が言われていた時、国会議員の片山さつきセンセイの御発言で、

「私たちはマジメに働いている人たちがバカを見るような事があってはならない、そう言っているんです」

と仰っていましたが、正に正論。

ですが、片山さつきセンセイには生活保護の不正受給より、このセリフ、不労所得の方にも眼を向けて頂きたいですね。

だって、マジメに働いている人たちが、バカを見てますから。

ところがです。

安部首相は、ジュニアニーサ等と言って、子供にも投資を教えようとしてますね。

いいの???あんなの…???

子供にギャンブル、教える訳???

しかも、年間80万まで非課税…

正直、眼がテン(;O;)です。

資産運用、と言うのはかなりギャンブル性があり、あぶく銭で、まともでない稼ぎ方なんですよ。

あまり大きな声では言えない稼ぎ方だと思うんです。

正直、全否定しようとは思わないですが、大きな声で言えるような稼ぎ方でない、と思うちふれでした。

ちふれより

PS…様々な事情で、資産運用している事を悪いとは思っておりません、念のため…。

このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - 資産運用には消極的です…。
Pocket
このエントリーを Google ブックマーク に追加

体育会系の目的とは???

このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - 体育会系の目的とは???
Pocket
このエントリーを Google ブックマーク に追加

最近の学校の部活問題を見ていてつくづく思うんですが、

『体育会系の部活動の目的って何だろう???』です。

野球部なり、サッカー部なり、テニス部なり…みんな、スポーツ自体の上達、腕が上がる事よりも、

『体育会系部活動の先輩、後輩を代表に見るようなタテ社会、上意下達に慣れ親しむ事』

が、目的化している感じがします。

早い話が、スポーツ自体の上達、腕が上がる事はどうでも良い訳。

それどころか、学校の運動部の稽古トレーニングを見ていると、

『腕は(稽古の割には)上がらない方が良く、兎に角、先輩後輩の上意下達、タテ社会、封建的な体育会系的ハングリー精神に慣れる事』

が、目的の気がします。

もしそうだとしたら…企業社会が体育会系出身者を好むのも、大いに納得。

なまじっか、体育会系出身で、スポーツ自体の腕が上がっちゃうと、本人が自分に自信が付き、

『やればできる!腕が上がる!』となっちゃう訳。

これは、一部企業社会では好まれない傾向です。何故なら本人にプライドが出て来ちゃうから…。

企業社会で、なまじっか”腕に覚えアリ””一芸に秀でる”は好まれない事は前述のとおり。

関連記事です。

web記事【仕事で自己実現を目指してはいけない「サラリーマン」という身分】を読んで…

企業社会に生きる者にとって、一芸に秀でた、取柄や特技のある、スペシャリストは敬遠される傾向にあるからです。

その意味で言えば、学校の運動部の体育会系出身者は

『学生時代、スポーツ(野球、サッカー、バスケ、テニス等)に打ち込みました。残念ながら、(才能が無くて)技術的には大したレベルにはなりませんでしたが、スポーツ特有の体育会系的ハングリー精神、上のものには絶対服従で封建的なタフ精神には溢れております。この精神は企業社会で非常に使いものになります』

と言うのが一番好まれます。

私、これ、一番キライ、大嫌いな発想なんですけれどネ。

だって運動部の稽古トレーニングが全く以って”ムダな努力”だから。

スポーツやるんでしょ!?だったらまず、スポーツの腕が上がらなければ、意味ないじゃないですか!?

『体育会系的ハングリー精神』!?そんなものは後から付いてくるものです!!

腕が付けば自然に身に付くの!!

自然に身に付く、本来なら副次的なものが目的化してはいけない、と思います。

先輩・後輩も無用。

あんなもの、要らない!ですよ、ハッキリ言って…。

私から見たら、『そんなくだらないものに気を使っている暇があったら、少しでも腕が上がる様に稽古しなさい』と言うの!

スポーツの腕が上がる、上がらないははっきり言って稽古方法です。

ある程度、良質のトレーニングを積めば、誰でも腕が上がります。

良き指導者と良き指導方法なんですよ。

大体、スポーツで勝つ事、腕が上がる事って結構頭使いますよ。

ハッキリ言ってハングリー精神だけではダメ。

体育会系精神だけでは勝てません。

野球見ていても、サッカーのワールドカップも、相撲も、み~んな、『頭』使います。

勝つための作戦を練る訳。

スポーツもバカじゃ出来ないんです。

最小の努力と労力で最大の効果を上げる、これが勝つための極意。

レベルの低い体育会系って頭使わないんですよ。

タフなハングリー精神だけを要求する。

これで勝てますか?って感じ。

が、企業社会では『やればできる』と自信が付いた人間は、『要らざるプライド』として排除されます。

プライドあると営業出来ないし…ね。

頭下げられない人間は困る訳です。

ホント、企業社会が体育会系出身者を好む論理って…呆れ果てるだけですね。

ちふれより

このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - 体育会系の目的とは???
Pocket
このエントリーを Google ブックマーク に追加

空気が読めなければいけないの???

このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - 空気が読めなければいけないの???
Pocket
このエントリーを Google ブックマーク に追加

私、この言葉、キライなんですよね…。

だって、何故空気を読めなければならないの???

しかも何やらこれが病気扱い…何か腹が立ちますね。

発達障害だとか???何?コレ??

大人の発達障害とは???

〔1〕言わなくても解るという暗黙のルールを発達障害の人は解らない人が多い。
〔2〕空気が読めない。
〔3〕他人と上手くかかわる事が出来ない。コミュ障害。

等々。

結構な高学歴も多い…そうな。

色々読んでいくと、曖昧さは苦手で、黒白をはっきりさせたがる、とか、相手の気持ちを想像するとか苦手で、相手との理解や認知にズレが生じる、とか…。

こんなの、別に良いじゃない?って思うけれど。

と言うより、私がこのタイプ、ですね~。

要するに、人は人、自分は自分、で、きっちりと自分軸をひいている人です。

人からどう思われるか?とか、そういう事に無関心ってあるけれど、コレって唯の見栄じゃない?

人からどう思われるか無関心、と言う事は、しっかりとした自分軸がある人です。

こういうの、自分がある、と思う。

周りに振り回されない。

アスペルガー症候群の人と言うのは、要は自分がある訳。

他人と群れない、徒党を組みません。

集団の中で孤立気味で…と言うけれど、孤立しちゃいけないの???

『… 「英語、数学、国語がトップクラスの成績だった人は、多少、自己中心的でわがままでも、親や学校の先生たちは何も言いません。ある才能については突出していながら他はダメといったように、バランスが取れていない。職業的には、ITやシステム関係、教師、学者、医師、マスコミ、芸術家などの専門職、技術職に発達障害の人が多い傾向にあります。」…』

て言われてるけれど、だったら専門職や技術職に行けばいいんじゃない???

まぁ、就きたい職業に100%就ける訳じゃないですけれどネ。

確かにこれは、営業とかマネージメントは苦手かも…、でもいいんじゃない?

要するに『一つに突出した人』な訳です。

自分の中に閉じこもりがちな訳です。コレ、私がそうです。

そうじゃなければ子供の頃、何時間もピアノに向かっていられないですよ。

楽器練習なんてホント、『一つの事を徹底している』訳ですよ。発達障害でなければ出来ません。

何でそんなに『人としてバランス』取らなければいけないの???

極端に偏り、アンバランスだって良いんじゃない!?

空気を読む、という言葉も嫌いです。

これ、自分が無いから。

何で空気を読まなければいけないの!?

空気を読む、と言う事は、言葉を返せば、『その場その場で相手にすり寄る』と言う事。

口八丁手八丁で生きろ、と言っているようなものです。そこには確固たる”自分軸”はありません。

こういう事を否定する言い方に、何か微妙に怖い、大衆的ファシズムを感じます。

その場のグループの『お仲間ゴッコ』をやる訳。仲良しゴッコと言い換えても良い。

まるで小学校の学級会の仲良しゴッコです。

お互いに空気を読むんでますよ。

みんな横並び、妙な平等…ハッキリ言って不気味です。

極端に偏った人間は、何かに徹底してます。

徹底した何かを持っている…。

そしてその力を発揮しなかったら…死ぬしかない、と思う。

世渡りはヘタかもしれない、でも良いじゃないですか?世渡りなんてヘタでも…。

口八丁手八丁も苦手。愛想笑いも苦手。

嘘もつけません。

まぁ、営業は不向きでしょうね…。

そして、組織にも馴染まないかもしれません。

組織の世界は、『極端に徹底した何かを持つ、スペシャリストは敬遠』する傾向にある。

当たり障りのない、無難な人間を好みます。

『確固たる自分軸を持ち、自分の基準を持ち、自分の取柄や特技を持つ人間』は組織に入れないんですよ。

自己主張が強すぎて。そういう人は独立した方が良いんです。

発達障害の人は、一人でコツコツと何かを作り出す側に回れば良いんじゃないか?と思います。

ちふれより

このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - 空気が読めなければいけないの???
Pocket
このエントリーを Google ブックマーク に追加

住まいは、都会と地方とどちらが良いか?

このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - 住まいは、都会と地方とどちらが良いか?
Pocket
このエントリーを Google ブックマーク に追加

前々から私ちふれは、『住まいは都会が一番。何故なら公共の交通機関が発達し、自家用車を持つ必要が無い。交通の便が良いという事は、人生でとても大事である』と思ってました。

その感覚から言うと、地方から人がいなくなる、地方消滅が危ぶまれている現在、地方に人を取り戻すには『地方も都会と同じく、と公共の交通機関を発達させるべきだ。電車、バス、都電、市電の類いを、15分に一本、夜の23時台まで走らせるべき』とも思っていました。

この前、私の思いを裏付けるような方に出会いました。

その方は自営業の方です。北海道ご出身で、札幌の近辺にお住まいです。(早い話が中小企業の経営者の方)

が、飛行機で、東京に時々、仕事に来られます。

その方曰く

「地方何て不便よ~札幌も東京に比べるとやっぱり地方だって感じるもの(別に北海道や札幌をバカにする気は私ちふれはサラサラありません。それどころか、雪と氷の国の北海道は私にとって一寸憧れの彼方。佐々木丸美ファンの私にとって、ロマンの世界です(笑))」

「札幌から出て来ると東京ってやっぱり大都会で魅力あるわよ~何せ交通の便が発達していて、自家用車が要らないし…」

「札幌なんて、札幌市内はともかく、一寸離れると途端に田舎」(これは東京近辺もそうです。埼玉が“ダサイタマ”“東京の植民地(!?)”なんて言われているのと同じ)

「電車だって、東京みたいに3分に一本なんて来ないの」(東京は来ますからね~山手線は“一分に一本”のベース)

「だから北海道なんて車無いと生活出来ないもの」

…そう、この方、私と全く同意見なんです。地方は住むのに不便であります。

空気が綺麗なんて関係ない訳。空気なんて汚くて良いんです。(←言い過ぎ?)

公害いっぱいの東京の方が、住むのに便利なんです。

人間、便利な方が良い訳です。幾ら空気が綺麗でも、コンビニやファミレス、100円ショップや、スーパー、銀行や郵便局、ドラッグストアが無い処は住みたくありません。

コレ、本音だと思う。人間、便利に慣れてしまうと、不便何て嫌になります。

地方に公共の交通機関発達させたら、人は戻ってくると思いますよ。都会同様、便利になったら必ず人は戻ります。

そうしたら、産業や仕事だって発達し、求人の口だって増える。

町全体に活気あふれる訳ですよ。

だから交通の便、足は大事なんです。

今回は地方に公共の交通機関、もっと発達させましょうよ、という話でした。

ちふれより

PS…今の地方は、人が少なくて、公共の交通機関を23時台まで走らせたら赤字になる、という意見がありますが、私は個人的には『最初は少々赤字でも、税金使ってでも走らせるべき』と思っています。理由は“人を戻す為”です。




このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - 住まいは、都会と地方とどちらが良いか?
Pocket
このエントリーを Google ブックマーク に追加

ワーキングマザーについて思う事…。

このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - ワーキングマザーについて思う事…。
Pocket
このエントリーを Google ブックマーク に追加

ワーママって、どうしても大変になるようです。

基本的に家庭と仕事との両立…これはどうしても“どっちか”になりがち。

特に医療とか他の有資格者系の職種は完全に“専門職”

今の時代、ある程度の企業の正社員さんなんかもそうです。

ワーママも色々あって、第三次サービス産業のフリーター的職種から専門職まであると思います。

まぁここでは、ある程度の専門職、としておきます。所謂、片手間的でない、『本業』『本職』『プロ』的なもの。

これはこれでやっぱり大変だとは思うんですよ。ホント、『私は主婦パートでやってます』が通じないし…。

やっぱり仕事は仕事でちゃんとやってくれないと困る。

でもそうすると、『どうやって家庭の主婦、良妻賢母やるのか?』と言う話になるんですよね。要するに“仕事と家庭どっちが大事なんですか?”となる。

ホント、そういうお母さんって大変だと思うんですよ。子育て、ちゃんとできるのかな?って思う。

女優の三田佳子さんや高畑淳子さんなんて、正にそのタイプ。女優業に邁進、仕事一筋で子供ほったらかしちゃったら…ああなっちゃった( 一一)

でもああいうのって私思うんですけれど、『何で無理して自分一人で育てよう』なんて思うんでしょうね?

昔の“ナニー制度”“乳母制度”“家庭教師制度”復活したら?って思う。

昔の日本はそうだったみたいですよね。平安時代だって、比較的富裕層、上流階級の女性達って、自分で子育てしなかったみたい。

『源氏物語』書いた紫式部だって、『枕草子』の清少納言だって、姫君がたの“家庭教師”です。

日本の天皇家だって、親王殿下や内親王殿下がたには、ちゃんと乳母が付いた。ご自分で子育てなさったのは、現皇后陛下の美智子さまからです。

イギリスなんかもそう。プリンスやプリンセスが生まれると、ちゃんと“ナニー(乳母)”が付く。

要するに子育て専門の人材です。何故なら、実の母君がたは多忙だから。

乳幼児期は乳母、その後は家庭教師…と一寸昔まで、赤の他人が子育てするのは結構当たり前だったみたいです。

三田佳子さんだって、高畑淳子さんだって、収入はある訳だから、こういう人を雇えばよかったんじゃないかなって思います。

子供本人に小遣いを多額も与えないで。子供本人に多額の小遣いを与えたって良い事無し。

キチンと育てられる人を専門に雇えばいいんです。住み込みで…ね。

家には実の母と育ての母が両方いて良い。子供はむしろ“育ての母”に懐くけれど、それも仕方ないです。

グレちゃうより、はるかにマシです。

第一線で働いている、ワーママが、無理して実の母だからって自力で育てる事無いんじゃないかな?と思うちふれでした。

ちふれより




このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - ワーキングマザーについて思う事…。
Pocket
このエントリーを Google ブックマーク に追加

女子大学の意味は…???

このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - 女子大学の意味は…???
Pocket
このエントリーを Google ブックマーク に追加

先日(と言うより、数週間前)、某元女子大学の学長先生とお話する機会がありました。

先生は、

「女性にもね、キチンと社会で通用する、高い専門性を生かした職業キャリアを目指さなければダメなのよ」と力説。

要するに専門職、という訳ですね。言っている意味は解る。

が、そもそもこの先生“元女子大学の学長先生”です、ハイ…。

女子大学の意味って…???と言うより、大学の意味ですが…???

そも、大学の学問って…実地に活かせるものだっけ???

あくまで“教養”の観点で、“非実用”“実地では役に立たない”を目指すものじゃなかったかしら???

『大学の学問』は『金儲けの為の学問』ではない筈で、『非実用志向』と言うのが矜持であった筈。

それが、『実学』って…???です。

そんなになっちゃって、良いの(!?)

それに女子大学の意味は…あれは、言わせて貰えば『良妻賢母の花嫁学校』なんじゃ???

欧米で言う処の『フィニッシング・スクール』良家の子女の通う処です。

良家の子女だから女子大学へ進学するんです。

(余談ですが、シンガーソングライターの中島みゆきさんは、北海道の名門女子大“藤女子大学”ご卒業です。藤女子大は、校舎が北大の近くにあり、自然に顔を合わせる機会は多いそう。卒業後、北大と藤女子大のOB、OGのご成婚、カップリング率は非常に高いそう。
北大卒エリートの妻として、藤女子大卒の女の子って最適なんですね。みゆきさんご自身もお医者さんのお嬢さんと言う、“エリート階級”育ちです)

女子大学の意味は、早い話“社会的エリートの妻”育成教育機関なんです。ぶっちゃけ言うと…ね。

こういうと、この先生、

「そうよ!女子大って良妻賢母の花嫁学校が目的よ!元々」とはっきり仰いました。

「ですよね~でもそれじゃダメなんですか?」と聞いたら

「離婚したらどうするの??結婚できなかったら??夫がケガや病気、会社辞めちゃったら???」

そりゃーそうです。『夫が稼ぎ、妻が専業主婦』って夫がコケたりいなくなっちゃったりすると、とたんに一緒にコケちゃう。

で、実学志向と言う訳。

でもね…。

高い専門性を生かした職業って…どれだけある???今の時代…。

少なくとも、大学の専門って、そのまま生かせる処は少ない筈。と言うより、ほぼ、無い。

高い専門職、というと、まずは医療関係ですよね。医師、看護師、検査技師…etc.

これらの仕事は確かにまず国試の世界なので、有資格者でないと出来ないし。医療関係が一番活かせるよう。

後は、弁護士(そう、“社会的エリート”とされる医者や弁護士が一番、高い専門性の代表格ですね)ですが…。

あの~、弁護士のセンセイ方って、結構今、ピーピーしてる方、少なくないんですよ。『宅弁』(自宅事務所の弁護士)、『ケー弁』(ケータイ一本の弁護士)『即独』(下済みのイソ弁を経ずに、即時独立、と言う事、でも音楽の世界なんて、コレ、少なくないんだけどな~)なんて言葉が流行るご時世ですし。

文系、理系の格最高峰とされる資格を代表に出しましたが、理系はともかく、文系はねぇ…?大学の専門、そのまま生かせる???

某一流大学法学部卒業の女性がこう仰ってました。

「私が法科時代に学んだ事なんて、ホント、実地の法廷じゃ全然使えないの」

「法律事務所でだって使えないし…」

コレですよ、コレ。

因みにワタクシの音楽だって、音大時代に学んだ事そのものは全く使えません!!使えるのは音大入試以前に学んだ事。

従って、『音大出ました~』がまるっきり、肩書だけが評価されちゃう。評価されるのは外側だけなんですよ。外側。

中身なんて、(相手は)要らないの。だって話したって、解らなしいね~。

それに専門活かせるように見える理系の人たちだって話してみると

「今の仕事は私の専門とは全然関係ないの。無論、ちふれさんから見れば“同じ理系でしょ?”なんだけど、私的には全然違う訳。広い意味で言えば、専門の中に入るんだけど、狭い部分では全然違う。正確に言えば“大学で学んだ、専門関連”かな?」

と言い出す方の多い事!

専門を生かせそうな、実学志向の理系のの世界だってコレなんですよ。ましてや文系なんて…活かせる?それ?

実学と言うのであれば、むしろ“手に職”なんですよ。専門学校の領域。

女子大学で言えば、家政科の料理ではなく、むしろ、板前や調理人、料理人、パティシェを目指した方が良い。

すし職人だって“10年修行”と言いますよね。要するに、料理屋さんの調理場に丁稚で入って(今だったらバイトで)下積みを重ね…の世界です。

とても女子大学で学べるような、キレイなものではありません。実地だしね~。

それに10年修行の世界…それって女の子にとって、良い訳??結婚は??

若い時期、一番女性にとって花の時代に“下積み”

恋愛してるヒマ、ありませんし。

それを言うと、学長先生、頭抱えていらっしゃいましたが…。

色々難しい事、ありますよね。

ちふれより




このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - 女子大学の意味は…???
Pocket
このエントリーを Google ブックマーク に追加

web記事【仕事で自己実現を目指してはいけない「サラリーマン」という身分】を読んで…

このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - web記事【仕事で自己実現を目指してはいけない「サラリーマン」という身分】を読んで…
Pocket
このエントリーを Google ブックマーク に追加

この記事です。

【仕事で自己実現を目指してはいけない「サラリーマン」という身分】

読んで「うーん…」となりました。

確かに“組織”ってこういう処、ありますよね。会社組織の中で、“飛び抜けた能力”や“個性”“自己主張”…etc.これって排除される傾向にある。

早い話が、“組織の歯車”になる事を要求されます。これが横並びの原因。

戦後の“一億総中流”の社会の中で“皆と同じ”である事が求められ、大衆化が求められ(周りと一緒)、個人の自己主張は否定されてしまうんですね。何故なら、組織の中では『一人飛び抜けた自己主張は邪魔になる』(個性や能力ね)

何か特別に優秀な能力があっても、その人物は、能力と共に、自負心やプライドが共に育っているから。

何か一つの取柄や特技があるという事は、組織で働く場合、性格的に確かに周りと衝突しがちなんですね。そういうとこ。

「自分はこれだけは誰にも負けない」「自分はコレをやってきた」と言うプライド、組織の経営者としては使いにくい部分がある。

特に一億総中流、一億総大衆の中で、中流や大衆に合わせたニーズの商品を大量生産する企業として…。

戦後の日本と言うのは、第一級品の美品ではない、中堅クラスのそこそこの品を大量生産して売り上げを上げて来た訳です。

中堅クラスの品、と言うのは中流や大衆に受け入れられやすい。

ピアノで言えば、シュタインウェイやベーゼンドルファーではなく、国産の某ヤマハの中堅クラスのピアノ。

某ヤマハの中堅クラスのピアノ、ここで申し上げておきますが、決して悪い楽器ではありません。私も実家に某ヤマハのグランドピアノ、あるけど。

が、クラシック界で世界的名器と言われる、シュタインウェイやらベーゼンドルファーやら…とは『一段違う』感じはします。

最も私はベーゼンドルファーに関して言えば、あんまり言えないけれど…知らないから(笑)

ベーゼン、あまり弾いた事無いんですよ。

シュタインウェイならよく解ります。音大時代に師事した三津橋文子先生に、シュタインウェイの音色の出し方、叩き込まれましたし。

シュタインウェイってね…音色が深いんですよ。『(低音部が)海の底よりも深く(高音部が)空の果てよりも高く澄んだ音色』なんです。

某NHK番組【プロジェクトX】で『リヒテルの愛したピアノ』でスヴャトスラフ・リヒテルが言ったように。

確かにシュタインウェイはそういう音色です。上手な人が弾くと、とりわけ美しい音色になる。

だけど、これは一般の人ではわからない感覚です。ある程度、そういう耳の訓練をしていないと。

そしてシュタインウェイは今でも全て手作り、ハンドメイド。オーダー(注文)を受けて10年待たされるそうです。

決して大量生産、大量消費ではないのね。

一方、国産の中堅クラスの某ヤマハは…浜松の工場で大量生産してます。

そういう意味では…何か、レベルが違う訳ですよね。商品の。

最も某ヤマハでも(外国ブランド、シュタインウェイか?)に負けないピアノ、と言って『CFシリーズ』があります。今は『CF-S』シリーズかな?

実は私ちふれ、母校の特修科の修了演奏会でこの『CF』シリーズでした。弾いた感触は…悪くありませんでしたね。

まぁ流石、シュタインウェイに負けない、と言って出すだけあるな?と思った記憶があります、が、後は私自身の好みですが、「でもシュタインウェイの方が私はまだ好きだな」とも思いました。

これはもう、楽器の好みの問題です。私の弾き方がシュタインウェイの音色の出し方に慣れていた…とかいうのもあると思うし。

何せ、シュタインウェイの音色にうるさかった三津橋先生です。

でもこれは解る人じゃないと解らない。そういうものだとも思います。一般大衆に解らなくてもいい、とも思いますし。

シュタインウェイは決して『一般大衆』向けのモノではないんですよ。世界に誇る、第一級品の高級ブランド。ヴィンテージ物とも言えます。

話戻すと、これがつまり『組織の中で一人飛び抜けた感覚』なんですね。組織の中で“皆と一緒”じゃない。

私もそうですが、『一人飛び抜けた自己主張』『飛び抜けた個性』『飛び抜けた能力』(私がこれはそんなにあるとは思わないけれど)場合、これは組織に属さない方が良い。

合わないですよ、みんなと。むしろ、独立系の仕事(フリーランスやベンチャー社長)が似合う。

独立系の仕事は徹底的に自己主張です。自己主張とプライドの塊、と思った方が良いです。そうじゃないとやっていけない。

が、組織の世界は違うんですね。個人的な自己主張はマイナス。

自己主張せず、組織の歯車になりきる事により、安定した固定収入を得る訳です。

そして、みんなと一緒、という感覚。職場の仲間と一緒なんです。

組織と独立、どっちが良いか、解らないですね。

ちふれより




このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - web記事【仕事で自己実現を目指してはいけない「サラリーマン」という身分】を読んで…
Pocket
このエントリーを Google ブックマーク に追加

またまたさる住宅問題を考える会に参加しました…。

このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - またまたさる住宅問題を考える会に参加しました…。
Pocket
このエントリーを Google ブックマーク に追加

そこで聞いた話ですが…。

さる不動産業界の方のお話です。

今、国でも『住宅セーフティネット法』と言うのがあるんですね。

コレです。

『住宅セーフティネット法』

まぁ、貧困だー格差だー、と騒ぎ立てられている昨今、国交省を始めとする国や行政も、住宅問題に無関心ではないという事でしょうね。

実際、住居費が高い、と言われている反面、空き家問題が深刻化してますし…。

で、その方曰く

「介護や福祉の世界の方が、こういう事に興味持って下さるんですよ。肝心かなめの不動産関連よりね。『私で入れますか?』とか問い合わせも多くて…」

「介護や福祉?どうしてですか?」と私が聞くと

「賃貸住宅に住んでいる年配の方なんか、特にそう。出て行けと言われる事もあるらしくて…」

「…!?」これはビックリしました。

それは、『年寄りに大家は部屋を貸したがらない』は良く聞きますよ。孤独死が怖いらしいし。だけどそれは“改めて部屋を借りる場合”だと思ってましたー。

現に今住んでいる部屋を『年取ったから出ていけ』『病気だから出ていけ』『ケガで介護が必要だから出ていけ』…こんなのって言えない筈なんです!!

契約がきちんとした借地借家法に乗っ取ったものであり、契約期間中は大家サイドの退去請求は“正当事由”(理由)が必要なんです。年と取ったから、ケガしたから、病気だから、介護が必要だから…なんて、理由にならない!!!

コレ、違法な『追い出し』以外の何物でもありません!!入居者には民法上の“居住権”が認められています。

訴訟になったって大家は100%、負けます!(因みに大家サイドの“退去請求”は最終的には訴訟で裁判官の判決が出ない限り、追い出せません。強引な追い出し行為は“違法”であり、“住居不法侵入”です)

最も居住権が危ないのは定期借家、これは契約期間中は居住権を主張出来ても、契約が切れた場合には更新出ないので、正当事由が不要です。これは居住権が弱い契約です。注意してくださいね…。

年取ったから出ていけ、と言われたって『私は出ません』と内容証明の一本も送付して無視して構わないものです。けれど…。

こういう大家や管理会社って…あるのね。家賃の不払いなら解るけれど、何の落ち度も無いのに『年取ったから』出ていけ…ひどい話です。

こういうのを聞くと、ホントに今の日本って賃貸住宅の方は放ったらかし状態!だったんだなぁ…って思いますね。完全に国は持家志向でね。

生涯賃貸で暮らす、というライフステージ、ライフプランが全く無かった!!

賃貸はあくまでも、『若い時の一時的な仮住まい』で、郊外に庭付き一戸建てを持ち、マイホームとマイカーを所持して“住宅すごろく”の一丁上がり!です。

ヘタすれば『投資用のマンション』をセカンドハウスとして所持、資産運用で副収入…ここに賃貸住宅の入居者目線の発想はありません。

賃貸の世界ってホント、社会システムから切り捨てられてきたんだなって思います。

改めて賃貸について考えさせられた事でした。

ちふれより




このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - またまたさる住宅問題を考える会に参加しました…。
Pocket
このエントリーを Google ブックマーク に追加

またまた学校の部活問題です…。

このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - またまた学校の部活問題です…。
Pocket
このエントリーを Google ブックマーク に追加

この記事についてです。

「ブラック部活動が企業戦士を生む」学生時代の根性論がもたらす日本のいびつな働き方

あの…、私は十代、学校が某女子校で、決して部活が“強制”じゃなかったので、想像できないんですが、部活自体が“強制”ってあるんですって???

ちょっと、それはおかしいですよね、うん。

部活自体は入退部は“自由”であるべきですよ、うん。

部活って課外の“各種お稽古ごと教室”のようなものなので。但し、一旦入部したらそこのルールに従うべきですが。

私は10代、(あくまで趣味で)水泳教室に通っていましたが、辞めるのは自由でした。そこの教室は結構実力ある先生で(近くのスイミングスクールの中には“学生アルバイト”程度に教えさせている所もありました、トーゼン、何も教えてくれません)結構スパルタ、だが“付いていけば”上手になれる処でした。

スパルタでしたが、教え方の上手な所だったんです。これはウチの親の“教育方針”に合う。ピアノと一緒です。

私自身も好きでしたね。何故なら“上手になるから”。

泳げない屈辱感から解放される訳ですよ。これは楽しい。充実感もある。

スパルタ、と言うのは虐待と違うんですよ。出来ない事が出来るようになる楽しさ、と言う事がある。厳しくても“今まで出来なかった事が、厳しい訓練と鍛錬で出来るようになる”と言うのは充実感が味わえる。

但し…精神論一本槍の厳しさ、と言うのはダメです。“根性を鍛える”とかね。指導者がそれを言ってはダメ。

指導者は、まずは具体的に“腕を鍛える”んですよ。根性はその後。腕を鍛えれば、根性なんてその後に付いてきます。

根性を持ち出すのはヤクザの論理。まともなカタギじゃない。

“実力のつかないムダな稽古や努力”ほど虚しいものはありません。

レベルの低い体育会系ってダメなんですよ。根性論一本槍なんです。

あと…くだらない“先輩主義”

一学年でも上だと先輩が絶対って感覚、おかしいと思う。もっと実力主義を取り入れるべきですよ。

出来の悪い先輩なんて、さっさと(実力で)追い越せばいい。

会社の“年功序列”と一緒なんですよね。

お稽古教室に“先輩主義”なんてありません。年上も年下も一緒。

この辺は“各種教室”“各種学校”を見習って欲しいですよね~。

ちふれより




このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - またまた学校の部活問題です…。
Pocket
このエントリーを Google ブックマーク に追加