セーターを二枚、購入しました…。

何れもユニクロのものです。

ユニクロって安物のイメージがありますが、デザインがシンプルなんです。だから何を身に付けても比較的着回しがラク。

Vネックセーターで、薄手なので、持ち運びも楽なのも理由の一つ。

一枚は赤で、一枚は紺。

紺の方は派遣の仕事用です。地味系色が好まれることが多いので…。

で、今まで2枚ですが、派遣の仕事用のセーター(結構厚手)、これはクリーニングに出して、実家の父に返却します。

そう、何と私は実家の父の男物のセーターを借りて派遣の仕事で着用していました。これが…、部屋で嵩張るんですよ。

厚手なので場所のスペースも取り、着用時で一時脱ぎの時も、持つのが一苦労。

職場のロッカー等でも場所取ります。こういうのは有り難くない。

で、父に返却。

もう一枚は、ウールの紺のカーディガンなんですが、これが私らしく、10数年~20年は着用してます。

で…肘に穴が開いてしまったんですよ(笑)

以前にも、脇の部分が穴が開いたんですが、これは自前で修理。

肘の穴は2か所目です。

このカーディガン、フロントの胸の部分に可愛らしい刺繍が付いていて、結構お気に入り、でした。

ピアニストとしてのお仕事で着用する事も多かったんです。が…。

肘の部分は修理したとしても、結構もうくたびれています。音楽のお仕事でこれ着て行けるか???

やっぱり、仕事となると、社会的信用、と言うものがなぁ…???

いちおー、花形職業だし…ね。

と言う訳で、『ピアノのお仕事で着用できるもの』を新たに購入。

例えユニクロでも、破損したり、くたびれていず、且つチープな感じがしなければ、十分着用可能。

古いカーディガンは…考え中(笑)普段着で着つくすかな?

処分も検討してます…が、トコトン修理して、ボロボロになるまで着たい、という気持ちですね。

シンプルライフを提唱する者として、確かに“ワンイン・ワンアウト”(一つ入ったら一つ捨てる)はあると思いますが、衣類ってあまり厳密に出来ないとも思います。

何故なら『コレを捨てる!』と決断した時に、直ぐに直ちに新しいモノが購入できるとは限らないから。

衣服はファッション性もある。お気に入りのデザイン、お気に入りの色やサイズ…これは、気に入った服を見つけた時でなければ、手に入らない。

『良い物』『掘り出し物』を見つけた時にパッと買う。こういう感覚もあると思うんですよ。

断捨離予定のモノがある場合、スペアに購入しておく。

コレがダメになったらどうしよう…?コレが使えなくなったら???

その時のスペアです。但し…

スペアを購入する時は最低限、『断捨離予定のモノ』は予め想定しておく事が必要ですが…。そうでないとクローゼットが膨れ上がります。

あまり厳密に(断捨離の)ルールを決めなくて良いんじゃないかな?

ちふれより




冷蔵庫のサイズは小さめの方が良いです…。

以前から家具家電はコンパクトにした方が生活がラク、と書いていますが、特に冷蔵庫はそうです。

ウチにある冷蔵庫(正確には冷凍冷蔵庫)ハイアールの2ドア式、98Lでシングル用としては最低限!です。

最も良くビジネスホテルにある、1ドアの冷蔵庫(冷凍庫が無い)もあるので、最低限とは言えないかもしれませんが、アレでは流石に自炊はキツいであろう?と思うので、自炊する一人暮らしとしては、98Lが最低は必要でしょうね。

この冷蔵庫を購入したのは9年前、シェアハウスに住んでいた時でした。

シェアハウスなので、キッチンは共有、冷蔵庫も共有で各自、食材に自分の名前と部屋番号を記入しておく…のですが、キッチン内で食料品ドロボーが頻発。管理会社に言ってもラチが明かず…で、私は覚悟を決め、個室内に今の冷蔵庫を購入した訳です。

4畳足らずの小さな部屋でしたし、今みたいにシンプルライフに目覚めていず、モノはドッサリあったので、

「これ以上、大きなモノは買えない」とばかりに、最低限のサイズの冷蔵庫にしました。

それが今の冷蔵庫な訳。

断捨離やシンプルライフ、ミニマム生活に目覚める前は“小さいし、買い換えようか?”(冷蔵庫の扉の部分が調味料が独占、ドリンク類が1L一本しか入らない)と何度思ったことか…。

が、現在は“冷蔵庫も少々小さめの方が良い”と言う結論に達しました。

何故なら、食料品を買い過ぎないから。

買い過ぎないから、食べ切れるし、冷蔵庫の中にあるものも見渡せます。奥の方で“食べ忘れている”モノが無い。

直令式なので、霜取りしなければならないのが一寸面倒だけど。

大きい冷蔵庫ではそうはいきません。

私の実家の冷蔵庫は、父と母との老夫婦二人だけなのに、非常に大きい。そして、冷蔵庫の中には、何ヶ月も前の食材が…( 一一)

ハッキリ言って食べ忘れてます。食料品て…肉や魚は元々動物ですよ(!?)

命があったんです(無論、野菜や穀物も命がありました)それを人間さまが殺した…。

食べなければ、バチが当たりますよね?せめて…。

動植物はゴミになる為に殺された訳ではありません。

今、私は冷蔵庫を開けるたびに中を見渡せ、食品の在庫をラクに確認出来ます。これは小さい冷蔵庫だからです。

考えて見れば、冷蔵庫も収納用具です。いたずらにモノを増やさない為には、まずは収納を少なめに、と言うのは断捨離のセオリーですよね。

家電量販店の白物家電売り場に行けば、冷蔵庫の大型な事…あんなに大型なもの、必要なんでしょうか?

皆さん、ちゃんと食料品、食べ切っているのかな?と思います。案外、私の実家みたいに“冷蔵庫の奥で食べ忘れている”食品って無いかな?

勿体ないですよね?しかも大型であればあるほど、電気代もかかります。そして本体代も高い!

10万は当たり前、20万とか30万とか…で、400Lとか500L。

幾ら食べ盛りの子供が何人もいても…です。冷蔵庫の奥に死蔵品になってそう。

ミニマリストの方の中には、ファミリーの四人家族(夫婦二人に子供二人)で、168Lの冷蔵庫一台で生活している方もいます。

この方です。

【持たない暮らし、使い切る暮らし『それ、いらない』】

沖縄在住のちゅらさんです。

ちゅらさんご自身も電気屋さんで冷蔵庫の大容量さと価格にビックリされていらっしゃる(笑)

ちゅらさん宅の冷蔵庫はホント、スッキリしてます。

全部食べ切ってからでないと買わない、と言うのは偉い!

4人家族でも168Lで充分なんですよね。

それではこの辺で。

ちふれより




人は何故モノを持ちたがるのか…?

人は何故モノを持ちたがるのか?

今日はそれについて考えて見ようと思います。

断捨離の世界、ミニマリストやシンプルライフを見れば判る通り、人が生活していくのに、実はそんなに多くのモノは必要ありません。

今持っている8割のモノが必要ないくらいです。

ではなぜ、持ちたがるのか??

「みんながやっているから」
「みんなが持っているから」
「これが今、流行っているから」
「格好良く思われたい」
「(学校や職場で)雑談の仲間外れになりたくない」
…etc.

色々ありますが、つまりはコレって、“見栄”なんですね。人から良く見られたい、良く思われたい…。

そういう気持ちを人間は持っています。

資本主義、と言うのは、そういう人間の欲望や見栄を最大限に引き出す部分があります。

それを決して否定はしませんが、人は無警戒でいると、こういう気持ちに引きずられます。

『見栄の消費』アメリカではこう呼んでいる人がいます。

【浪費するアメリカ人-何故要らないモノまで欲しがるか?】(ジュリエット・B・ショア著)

これはなかなか迫力ある著書です。人が何を持っているか?何を身に付けているか?で社会的階級ステータスが決まる…。

だから人から認められる為に高級品を持ったり、身に着けたり、広い家や大きな車を買ったりする。

ブランド物なんて、その最たるものですよね。周りに誇示する為に持つ。

他人と比較し、比べあってる。

日本の場合には、『みんなが持っているモノを持たないと(身に付けないと)仲間外れになる』(学校や職場で)

一昔前、バブル時代がそうでしたね。OLさんも、ブランド物を持たないとOL仲間から仲間外れになり、会社からはそれだけで『協調性が無い』と言うレッテルが張られます。

学生も『クラスで流行っているモノを持たないとクラスメートから仲間外れになる』(話題に入れなくなる)。コレ、私がそうでしたが…。

子供が親にモノをねだり、手に入れようとする言葉の1つに

「みんな持っているのに!(だからボクにも買って!)」があります。大抵の親はこの言葉に弱い(ウチの親はそうじゃありませんでしたが…この言葉は徹底的に私は撃退されました…笑)

日本人てどこかムラ社会なので、「他の人々が持っているモノは持たなくてはならない」強迫観念があります。

『人は皆平等の民主主義』がこれに拍車をかけます。平等と言う事は同じでなければならない…違ってはならない…怖い価値観です。

学校教育の『集団生活、団体生活、協調性』の教育が不要、と私ちふれが考える理由がコレなんです。人との差異を認めないことに繋がる。

他人から仲間外れになる事を恐れてはいけない、と私ちふれは思います。周りと一緒に乗る事は無い。

ウチの親なんて徹底的に「他人と自分とを比べるな、他人の持っているモノを羨ましがるな、人は人、ウチはウチ」で人は色々あるの!で済まされましたね。

「学校のクラスでみんなが持っているから私も欲しい」なんて言葉は徹底的に母は嫌いました。

こういうトコ、ウチの親って偉かったな、と思います。

以前に、貧困家庭のシングルマザーさんが、公営住宅の家賃を払えず、無理心中しようと、中学生の娘を絞殺した事件がありました。生活保護を申請に行ったものの、窓口の“水際作戦”で追い返された…。

とても悲劇的な事件で、気の毒になりますが、あのシンママさん、(多分、非正規雇用とかで)生活費が足らず、生活保護の申請にまで行っているのに、絞殺した娘の『アイドルの追っかけやコンサート費用』まで借金して出してやっていたんですよね。

生活苦しいのに、一体何故だと思います?

が、答えは「娘が学校で友達から仲間外れになるから」

コレなんです。だけど…借金してまで遊ぶお金(アイドルの追っかけなんて遊びですよね?)を捻りだしても、殺しちゃう方がもっと可哀想だと思うけれど…。

子供には教えなければならないんですよ。

「ウチはよそとは違うんだ!ウチは遊ぶお金なんて出せないから我慢しなさい」ってね。

仲間外れになる事を恐れてはいけないと思います。このお母さん、ホント、見栄張ってる。

見栄は人生で大敵なんですよ。見栄で人は転落する。

「この位は普通」の“普通”のレベルが高くなっちゃうと、イザ節約!しようとしても、中々出来ないんですね。

生活のダウンサイジングが出来ない。元々高収入家庭の人が、収入減になった時、家計が破綻するのはよくある話。

生活レベル、下げられないんです。妙なプライドがある。

節約すれば、年収300~400万でも生活できるのに、年収1500万とか、2000万あった人が、年収300万になった時、怖い事になる。

身の回りのモノはブランド物(逆に私は安っぽくて嫌ですが)食事は毎回オーガニックや有機、車は高級車で、豪華タワマンに住んで…が普通だと、レベルが下げられない。

節約と言ったって、別にみすぼらしい訳ではありません。ただ単に“ムダ遣いしない”“浪費しない”だけ。

要らないモノは買わない。持たない。欲しいと必要は違うんです。

欲しいではなく、必要かどうかで、モノを買いましょうよ。

ちふれより