映画【スターウォーズ】とクラシックの関係…

え~、アメリカ映画【スターウォーズ】シリーズについて話しますね。

無論、皆さま良くご存知の映画だと思いますが、コレって意外にクラシックの世界と世界観、似ていたりするんですよね。

と言うより、結構『モデルにしてない?』って感じです。

特に似ているのがクラシックのオペラ(と言うより、ドイツ語のムジーク・ドラマと言う)リヒャルト・ヴァーグナーの世界観なんです。

圧倒的にスケールが大きく、雄大且つ長大な歌劇(楽劇)リヒャルト・ヴァーグナー。

【トリスタンとイゾルデ】【タンホイザー】【ニーベルンゲンの指輪】【パルシファル】【ローエングリン】…etc.

雄大な『ドイツ・ロマン』オペラの世界です。因みにヴァーグナーだけオープニングの曲を『序曲』と言わずに『前奏曲』と言います。

『前奏曲』だけで15分、他のモーツアルトやヴェルディ、ドニゼッティの『序曲』は7~8分なので、『前奏曲』だけでヴァーグナーの雄大さは解ります。

私もリヒャルト・ヴァーグナーは大好き!こういう“スケールのデカく”“雄大で”“骨太の”ものと言うのは大好きなんです。

そも、私がクラシックピアノを辞められなかった理由の一つに“雄大でスケールが大きくて骨太の作品”を演奏出来るから。

やっぱりね、スケールの大きな曲って弾いていて楽しいんですよ(^^♪ ロマン派のシューマンのソナタとか、リストの『伝説』2番とか…。

R・ヴァーグナーなんて、その最たるもの。

【ニーベルンゲンの指輪】の第二幕『ワルキューレ』の“ワルキューレの騎行”が有名ですよね。

でね、【スター・ウォーズ】見た時…

『コレ、リヒャルト・ヴァーグナーの焼き直しか!?』でしたよ。ホント。

無論、大衆向けに解り易く描いていますけれど…。でもどこか、世界観が似てます。

あるシーン(それは森の中でジェダイとヒロインが白馬に乗っているシーンでした)なんて、正しくヴァーグナーの世界そのもの。

実は【スターウォーズ】だけでなく、アメリカのハリウッド映画ってモデルは結構ヨーロッパのオペラをモデルにしていたりします。

文化的にはアメリカはヨーロッパを手本にしている部分があるんですね。

ディズニーランドのシンデレラ城のモデルはやっぱりヴァーグナーの(と言うより、ゲルマン民族の民話の、と言うべきか)楽劇のモデルになったドイツ、ロマンチック街道の『ノイシュヴァンシュタイン城』だし。

『ノイシュヴァンシュタイン城』を作ったバイエルンの王さま、ルートヴィヒ二世はヴァーグナーのパトロンだったエピソードで有名です。

この王さま、従妹にオーストリア皇后エリザベートがいますね。美貌の皇后さまとして知られてます。通称シシ。

エリザベート皇后、今残っている写真見ても、本当に美貌のお妃さまです。ミュージカル【エリザベート】になってますね。美容とダイエットに熱心だったそうだけれど。

【スターウォーズ】だけでなく、ディズニーアニメもオペラがモデル。あれはミュージカルですよね。

初代【白雪姫】なんて、小鳥が歌うシーンがありますが、鳥が歌うのはモーツアルトの三大オペラの1つ【魔笛】のパパゲーノとパパゲーナがあります。

パパゲーノとパバゲーナはオウムの夫婦です。ドラマの狂言回しの役割。

こんな風に結構クラシック音楽ってアメリカ文化の手本になっていたりするんですよね。

ちふれより




理想の男性は…(2)

前回の続きです。

前回、『一緒にリヤカーを引いてくれる男性がいい』と書きました。

これってね、どういうことか?と言うと、『同じレベルで、同じ目線で、同じ処を見て語れる相手』と言う事なんです。

夫婦や恋人同士ってこれが大事って思うの。同じ悩みを一緒に共有して人生頑張れる、という事。

そういう意味では、(不安定要素充分だけど)ベンチャー企業の経営者夫婦、と言うのは良いですよね。夫が創業し、会社を立ち上げ、妻が支える。

“内助の功”と言うより、もっと同じレベル。“内助の功”ではどうも、『夫の仕事を妻が裏から支える』になる。夫が上で妻が下の感じ。

そうじゃないんです。妻はもっと“表”に立つ。同じ仕事をする対等のパートナー。

創業者夫婦、と言うのは人生、二人三脚です。夫婦二人で、同じ仕事をし、同じ目線で語り、同じ目的(夢)を共有し…同じレベルで話せる相手。

これは、絆が強くなりますわな。お互いがお互いを必要としている訳だから。

人間、愛だけでは付き合えないんですよ。お互いがお互いを必要としている、という骨子があって、愛がある。

必要性と言う骨組みは人間関係で必要です。

中島みゆきさんの歌に『You never need me』(アルバム【Love Or Nothing】より)と言う歌があって、歌い出しが、

『…好きなものや欲しいものは、次から次へとあるけれど、本当に必要なものは、そんなに多くない…』で始まります。まるで断捨離ソング!ですが、この歌が泣かせるのは、次の

『…私の事を憎からず思ってくれたのは事実、でも必要と思った事無かったのも事実ね…』

コレってホントに切ないラヴ・ソングです。『私を愛して』じゃないんだから。『あなたに必要とされたい』なんですよ。

『今から何をすれば必要と思ってくれるの』って…泣きます。

人は愛だけでは付き合えない事を見抜いたのは、中島みゆきと作家の橋本治氏です。橋本治の『愛の帆掛け船』はそれがテーマの一つ。

『愛の帆掛け船』は評論家の浅羽通明氏経由で知りました。浅羽氏は非常に橋本治を高く評価しています。

人間関係を結びつけるのは、まず、生活や人生の必要性なんです。必要性があって、愛。

実際、離婚が大流行りの昨今ですが、ベンチャー企業の経営者夫婦って、意外と離婚は少ないですよ。と言うより、意外に上手くいっている。

逆に上手くいかないのは『夫は企業戦士サラリーマン、妻は専業主婦』ってパターン。これが上手くいかない理由って、もう解りますよね?

夫婦二人の目的(夢)が一致していない。同じ目的に向かって進む戦友じゃない。

夫は仕事、妻は子育て(教育)じゃあねぇ…お互いの関心事が全く違うじゃんか!?そのうちに夫に職場の同僚や部下の女性と不倫関係になるって…良く解りますわな(笑)

夫と職場の同僚や部下の女性は“同じ戦友”仲間ですから。ビジネスの企業の中で、売り上げ戦争の“仲間”

絆は強くなります。夫にしてみれば

“妻よりはるかに話が通じる相手”ですよ、ホント。

恋人や夫婦が、“同じ目線で見、同じ夢(目的)を持って語り、一緒に戦う人生の戦友同士である”事はとても大事だと思うちふれでした。

ちふれより




理想の男性像は…(笑)

えー、私ちふれの恋愛観、結婚観なんですけれどネ。

西原理恵子さんの【女の子が生きていく時に覚えていてほしいこと】読みました。

迫力ありましたね~。特に

『ダイヤモンドくれる男性より、一緒にリヤカーを引いてくれる男性がいい』には…涙!!!

他にも、

『人生には一つの道だけじゃない。抜け道もけもの道もある』
『アル中もDVも病気だから、モラルや宗教じゃなくて、サイエンスで判断しなさい。病気を治すのに愛は効かない』
『食べる為に最低限の学歴は取っておきなさい』
『追い込まれて、次の一手が打てなくなる前に、生き抜く為の戦略を立てなさい』

これ、ホントの事だと思うんですよ。

『価値観の合う人とお互いに高めあって愛し合いましょう』なんてキレイ事だと思いますよね。それより、私、イザという時の(特に男性は!)人としての“器”が大きい事が大事なんじゃないかな?

人生の試練の時、そこに立ち向かえるか?挫折した時、精神的に逃げないで前を向いて解決方法を探せるか?アル中やギャンブラーってそういう事から逃げているんだと思うんですよ。

DVも同じ。現実を受け止められなくて、妻や恋人に八つ当たり。男性として“器”が小さいなぁ…って思っちゃう。

そういう意味では“挫折を知らないエリート”なんて弱いんですよ。頼りないなって思う。人は挫折を知らなきゃダメ。

挫折して、転んだ時に、上手に立ち上がれる事が一番大事です。転び方もケガしない転び方を知っておいた方が良い。

『ダイヤモンドくれる男性』じゃ、転んだ時が怖い。転び方や立ち上がり方を知らないから。人としてひ弱なんです。

『一緒にリヤカーを引いてくれる男性』は転び方を知っているんですよ。転んだ経験あるからリヤカー引いてる訳。転び方だって知ってる。

しかも人生に対し、積極的に動く事も知っている訳です。これは頼もしいわな。

人生、場所からは逃げて良いんですよ。例えば、ブラック企業を退職する、とかね。

仕事だって“これは違う”と思ったら辞めていい。けれど…。

辞めて次に動き出さなければならないんです。そのままやめて引き籠ったら“無職”“引きこもり”

それは人生の挫折を意味します。

社会的に整った人生のレールラインを外れたら、そこからはサバイバルの連続です。ナタと斧でけもの道をかき分け、切り開き、道を作る。

道なき道を切り開くんです。西原さんの言う

“道は必ずある。地図にも載っていない道が”なんです。

時には、獣の通った後の“抜け道”だってある。一緒にリヤカーを引いてくれる男性は、頼もしきナビゲーターなんです。

一緒にリヤカーを引いてくれる男性を探しているちふれでした。

ちふれより




【夢を売る男】(百田尚樹著)《作品感想・書籍》を読んで…

あの…傑作でした(笑)出版業界の舞台裏なんですが…。

特に自費出版の世界です。と言うより、書籍出版にかかる費用を著者と出版社が負担する《ジョイント・プレス》と言う方式をこの小説の舞台の丸栄社(この名前は笑えた、“見栄”が“丸出し”の意味か?)はしているのですが。

本の出版って結構色々大変なんです。と言うのは私ちふれも知っています。特に著者が素人だったり、ネームバリューが無く、無名だったりするとね。

本の出版は3種に分類されます。

(1)商業出版…所謂、プロのライターや作家さんの出版方式、出版社が出版費用は全て抱える。かなり売れ行きが見込めないと今は厳しい。
(2)自費出版…著者の個人出版、費用は全て著者、出版社を通さず、(原稿執筆、編集、校正は全て著者で)原稿をいきなり印刷所に回し、印刷、製本、でISBN番号(国際書籍特定番号)も自分で取得(コレ、出来ます。費用は2~3万円)、アマゾン等で売れば出来る。費用は200ページのソフトカバー、四六判で、100部印刷で30万円ほどでできる。
が、出版社を通すと、編集、校正とプロがやる為、某文芸社等では200万円ほどかかる。
(3)共同出版…出版社と著者の折半で出版費用を出す。この小説の丸栄社もその方式…だが、ここではその如何わしさが良く描かれています。

なんですが…著者が無名の素人の場合、(2)か(3)になる訳。でね、どうせ著者が費用を出すのであれば、出版社を通さず、原稿執筆、編集、校正は全て著者サイドでやり、印刷と製本を印刷会社にやってもらうのが、一番安い。が…これは流通が問題なのよ。これだと、取次(トーハンとかね)が受け付けない。

本の出版は

原稿執筆→編集→校正→カバーデザイン→印刷、製本→取次→書店→読者

とだいたいこんな感じ。少なくとも、アマゾンが出て来るまでは、流通が絶望的だったんです。著者の手売りだけで。今は取次通さなくても、アマゾンが受け入れてくれます。

ここで出て来る《ジョイント・プレス》は(3)の共同出版なんだけれど、これで200万とか、300万とかふんだくってます。

「本当は500万円位かかるものを販売部と交渉して、200万に値下げさせてます」とか何とか言って。「この本はいい本ですし、ウチ(丸栄社)で赤字覚悟でも出したいので」なんて言ってね。費用がはっきり言って水モノなんです。

取次は、個人では受け付けてくれません。だから、200万払っても、出版社通してしか自費出版、共同出版になる。いずれにしてもン百万かかるんです。

取次通すと、書店で売ってくれます。自分の本が、書店で、宮部みゆきとか、東野圭吾の本の隣に並んでる訳です。これが丸栄出版のウリ。

今は書店でなくともアマゾンが売ってくれますが…。

ここに出て来る本を出版する目的と言うのが…要するに“見栄”なんですよ。“見栄”で本を出版する。

要するに『作家先生』『文化人先生』になりたい訳。本屋で自分の本が宮部みゆきさんの本の隣に並んでてほしい訳です。それがブランド。

一冊も売れなくていいから…ね。それを夢見ている。

完全自費出版ではそれが無い。ISBN番号を自分で取得、国会図書館にも本を置いてもらう(ISBN番号を取得すると置いてもらう事になります)出来るんだけれど、芥川龍之介や夏目漱石の本の隣に一緒に本屋で売ってもらう、が無い。

本の出版て素人作家にとって“夢”なんですね。何だか音楽の世界と一緒だなって思っちゃう。その夢で丸栄出版は暴利むさぼる。

完全自費出版ではそのブランドが無いんです。周りに“自己満足”で本を出したと思われる。“ちゃんとした”“出版社”を通さないと。

実際、共同出版とか、大手出版社の自費出版てね、その“ブランド性”で売ってます。お客が読者ではなく、著者なんです。何百万払うから。

実際数年前に、自費出版の出版社が著者数名から訴えられました。某文芸社だったか…この小説、一部実話なんですよ。

実際、一寸以前にお会いした本の編集者の方は

「本を出すってね、ご自身のブランドになるのよ。税理士とか公認会計士なんて、中小企業の社長さん達に信用絶大なんだから、何百万も出す価値あるのよ」と仰ってました。

聞いてて開いた口が塞がりませんでしたね~(笑)要するに出版業界って、『本を出版する』と言うブランドで売ってるんだから。特に無名の著者には。

ここではっきり言います。無名の著者の場合、『完全自費出版』で出すのが宜しい!自分で原稿執筆、編集(ワードで出来ます)、校正までやって、ISBN番号の自力で取得、印刷所で印刷、製本してアマゾンで売る、が一番です。

PRにブログでも書くのが良いんです。そこにアマゾンの自分の著作の本のバナー広告でも張り付ける。

従来の出版業界なんてね、何も知らない素人からン百万ふんだくる世界ですからね。

ちふれより

PS…ココで出て来る“本”とは“紙書籍”の事です。“電子書籍”なら更に安く、無料で出せる事位…解りますよね?




【オスマン帝国外伝~愛と欲望のハレム】のトルコについて…

え~、以前にも書きましたトルコドラマ【オスマン帝国外伝~愛と欲望のハレム~】継続して見てますが、トルコの女優さん達って…凄くキレイなんですよね。

これ、我が国日本の女優さんと比べても引けは取らない…というかはっきり言ってトルコ女優さんの方が美人度は上!何じゃないかな?

このドラマでも、皇妹ハティージェ役の人とか、ヒロインヒュッレム妃の友人ギュルニハル役、女官長役の女優さんは私ちふれ個人的にもキレイと思います。  目鼻立ちがはっきりとしていて、眼は大きく、彫りは深い顔立ち、鼻も高くて中高な顔…と言うとこれは美人だわな(笑)

いまいちビミョーなのが、帝妃ヒュッレム役の人、この女優さん、トルコとドイツのハーフなんだそうで、ナルホド、ドイツ系かぁ…。

ドイツ系は骨格ががっちりとしていて、体形なんかも骨太です。これは美人女優の条件としては…???(笑)ですね。

でもヒュッレム妃役の女優さんは、トルコを代表する女優さんなんだとか。日本で言えば、三田佳子さんクラスとかかしら?もう少し若くて、米倉涼子とかかな?

ネットでググってみると、トルコとかの周辺って美人が多いみたいですね。理由としては…洋の東西の交流地だから。

要するに混血が多いんです。だからエキゾチック。トルコもそうだし、ウズベキスタン、トルクメニスタンとかの中央アジアから、中国のシルクロードの周辺。

この辺って綺麗な顔立ちの人が多い。西洋と東洋の中間地点です。でね、こういう地域って…

政情が不安定なんですよね。内戦やったり、外国に支配されたり…です。美人が多い国って悲劇的な宿命背負っているみたい。

そも、混血が多いと言うのは、普通の結婚じゃない場合だってある。敗戦国の民(女の子)が、戦勝国の有力者の男性の愛人と言うか、妾と言うか…囲い者になって混血が生まれる。  レイプだってあるだろうし…ね。

そこにはセクハラなんて概念はありません。ただただ弱肉強食の論理のみ。残酷な世界です。

そもそもこのドラマのヒュッレム妃だってそう。元々ロシア系で、ルテニア出身の牧師の娘です。ヨーロッパ名アレクサンドラ。

ルテニアの小さな村で生まれ育ったが、タタール人の襲撃を受けて、村は全滅。男性はほぼ殺され(が、このドラマでは、恋人のレオが生きていたという設定)女性陣は“戦利品”として奴隷市場で売り飛ばされ…です。

若い娘は多分、お金持ちや王侯貴族の男性の愛人としてが大半…でしょうね。ここで混血が生まれますよね。

アレクサンドラ(ヒュッレム妃)の場合は、オスマントルコ帝国のハーレムに“女奴隷”として納められました。ハーレムの女性陣って全員“女奴隷”なんです。

これ、現代では考えられない残酷な話です。ヒュッレム妃もそこからスレイマン帝の妃まで上り詰めたんだから凄いものです。

オスマン・トルコ帝国って、ヨーロッパが世界を支配する18世紀より前、全世界で幅を利かせた帝国です。因みに文化度も非常に高い。

トルコ料理は、フランス、中国との並んで“世界三大料理”の1つに数えられてます。  元々イランとか中東周辺はペルシア絨毯等で有名ですよね。

モーツアルトやベートーヴェンの“トルコ行進曲”もここから来てます。モーツアルトやベートーヴェンにとっても一寸憧れの国だったらしいですね。

一度、トルコ料理って食べてみたいです。

ちふれより




海外ドラマ【オスマン帝国外伝~愛と欲望のハレム~】と【夢の雫、黄金の鳥籠】(篠原千絵著)

丁度この二つ、同じ話なんです。トルコ海外ドラマ【オスマン帝国外伝~愛と欲望のハレム~】と少女漫画【夢の雫、黄金の鳥籠】(篠原千絵著)って。

16世紀のオスマン・トルコ帝国、スレイマン皇帝の時代の話です。思わず、比較しちゃう(笑)

時のスレイマン皇帝を中心に、愛妃ヒュッレム(ロシア出身、ロシア名アレクサンドラ)と、帝妃(第一夫人)マヒデブラン妃(篠原版、ギュルバハル)や、他のハレムの妃たち(立場は女奴隷、妾(ジャリエ)、と呼ばれる)そして、スレイマン帝とヨーロッパ諸国の外交と戦争、の歴史絵巻です。

まぁ、トルコのハレムって…一夫多妻も良いトコですからね。皇帝(夫)一人に妻600人前後いたらしい。凄いもんです。

どちらも面白い。トルコドラマ版は、マヒデブラン妃の夫をヒュッレムに取られた悲哀が良く描かれています。それ以外の恋愛面はイマイチ、かな?

恋愛面は篠原版の【夢の雫、黄金の鳥籠】の方が捻ってます。まず、ヒュッレムは、スレイマン帝ではなく、イブラヒムが秘密の恋人ですし。しかも、新刊10巻目では、その秘密の恋人、イブラヒムと対立していく…これは事実です。後にヒュッレムはイブラヒムを殺すらしい(笑)

又、皇帝妹ハティージェは、イタリア商人との恋に破れ、渋々イブラヒムに嫁ぎますが、トルコドラマ版はアッサリ相思相愛、これも捻りが足りない。

篠原千絵さん、流石【天は赤い河のほとり】の作者ですね。【天河】は熱狂して読んだので。

ただ、トルコドラマ版のヒュッレムは、野心満々ですね。まぁ実際にはこうかもな、とも思います。ただ、最初からあんまり反抗的で、視聴者としては共感出来ませんが。

大体、ハレムなんて、女たちの戦場な訳ですよ。皇帝の寵愛を競ってる。唯でさえ周りはライバルです。そこで周りの女性陣とあんまり正面切ってケンカをしてはダメなんですよ。特に第一夫人(マヒデブラン妃、篠原版ギュルバハル)には頭を下げなければ。

寵愛を頂いて間もなくなんて、立場がまだ弱い。この世界は、『皇帝の寵愛を得、男子を生み、その子が次期皇帝になる』事でようやく地位安泰、だったみたいですし。

正面切って第一夫人とケンカをするは、一番まずい。相手は正妃なので、立てなくてはならないんです。目上ですから。

そうしてハレム内でうまく、立ち回っていく。周りを味方に巻き込んで…です。政治的に立ち回るんです。

実際の歴史上のヒュッレムは実に賢かった女性のようです。マヒデブラン妃を押しのけ、自分が皇妃になった人です。実はオスマン・トルコ帝国で、正式の皇妃に初めてなったのはこのヒュッレムだったよう。

マヒデブラン妃も第一夫人、とは言っても立場は女奴隷です。スレイマン帝より以前の皇帝は全部、生涯、独身皇帝です。無論、寵姫は沢山いたけれどネ。

そんなヒュッレム妃が周りをそんなに敵に回したかな?と思ってしまいます。そういう処は篠原版の方が、『賢いヒュッレム』と言えますね。

最も、ヨーロッパとの外交、戦争面はトルコドラマ、中々です。又、衣装や宮殿等、実際の当時の再現そのまま、という話ですね。

ともあれ、どちらも見どころ満載!です。

ちふれより

『Radio365』【まりこの世の中拝見!】アーカイブスオンエア中!

【まりこの世の中拝見!】




『ルポ 難民化する老人たち』(林美保子著)を読んで…

『ルポ 難民化する老人たち』(林美保子著)を読みました。まぁ最近の“格差、貧困、ワーキングプア”の類いのテーマのモノですね。ここに出てくるのは、この貧困問題の昭和世代の方々。

まぁ確かにこういった人々もいて、大変なんだな、と言うのは解ります。昭和世代のお年寄りが全て“恵まれた富裕層”ではないでしょうし…特に自営業の国民年金の方々は大変みたい。後半の《狙われる老後資金》も迫力あり。証券会社とか先物とか銀行とかが、80過ぎたお年寄りを狙って損になる投資を(騙されて)させられる。意味わからずハンコをつかされる処は身が震えます。こんな契約って…アリなの!??

ただ、あの…なんですよ。

ここに出て来る《仕事が無い~フリーランスの末路》は、一寸あれっ?という感じです。ライターと、カメラマンのご夫婦が出てくるのだけれど、これって何故仕事にあぶれてしまう訳???ネットを使えば???と思っちゃいます。

ライターさんなんて、一番、潰しが効くんですよ。雑誌記者とか、フリーライターの人達って…ブロガーとかアフィリエイターになれば??って思う。カメラマンも同様。

デジカメ撮影した作品をインスタグラムにアップ。それでバナー広告等で収入を上げる方法はある筈。YouTubeと一緒ですよね。ご夫婦でそういうサイトを作ったって良い。

マスコミの世界の人々なんて、一番、ネットに移行すれば仕事にあぶれない。最も、ライターさんや雑誌記者さんはハナから記事を一本書くたびに“原稿料数千円~数万円”得ていたらしいので、自力で立ち上げたブログ(バナー広告は、グーグルアドセンスに申し込めば一番簡単です!)は最初の頃は収入なんてホントに微々たるものでしょうけれど。100円も行かないんじゃないかな???読者獲得の営業は全て“自助努力”“自己責任”です。

ブロガーとかアフィリエイターって人昔前は“イカガワシイ”って言われていたけれど、これ、全然如何わしくないんです。昔の雑誌記者さんやフリーライターさんがやっていた事なんですよ。コラムニストとかね。あったでしょ?そういうの。

ブロガーとかアフィリエイターってね、昭和のライターさんがやっていた事をそのまま個人でやっている、と言う事なんです。ライターさん達は、雑誌とかが媒体だったけれど、こっちはネットが媒体。

ブログと言うのは、デジタルの個人雑誌を発行していると私は捉えてます。だから、ブログ記事、という言い方をし、ブログ記事の更新、という言い方をします。更新と言う言い方はIT用語だけれど、ブログ記事を書く、という言い方もしますよね。

これは、昭和の雑誌記者さんやライターさん達が、“原稿で記事を書く”と言うのと一緒です。ブロガーやアフィリエイターと言うのは、昭和のライターさん達と一緒なんです。

私ちふれ、このブログ記事だって、結構真面目に書いています。読者さんも意識してますしね。ライターとしては素人だけれど。

ここで、“書く媒体が減っている”と言っているけれど、それは紙媒体の話。デジタルの世界であれば、無限に挑戦できます。しかも費用は結構安いです。私のこのブログにしても、維持費は“一年間で5000円位”一ヶ月400円前後です。決して高くない。

ブログだっていい加減な気持ちや、いい加減に書いていたのでは、読者さんはついてきてくれません。やっぱりきちんと真面目に取り組まないとね。

紙書籍だって、商業出版が厳しいのなら、自費出版と言う手もありますし、自費出版本をネット通販、Amazonは扱ってくれます。マイナー本の著者んは「Amazonは既存の出版社が扱ってくれない作品でも扱ってくれる。有難い存在」と言っている人もいます。

Amazonは『e託』がありますね。

マスコミの世界の人なんて、いくらでもネットで活躍出来るんですよ。

『Radio365』【まりこの世の中拝見!】アーカイブスオンエア中




【シャーロック・ホームズの冒険】最終話『ボール箱』(ネタバレあり)

ジェレミー・ブレッド版【シャーロック・ホームズの冒険】の最終話です。と言うより、“未完の最終話”と言うべきか…。と言うのは、収録がまた残っていたにもかかわらず、主役のジェレミー・ブレッドが亡くなってしまったからです。この最終話より数本前から、ジェレミーは酸素ボンベを取り付けての必死の収録だったようです。ジェレミーの顔も(厚メイクで隠しているものの)顔色悪いのがはっきりとわかります。

役者さんのプロ根性ですね。ところで…

この未完の最終話、ある意味、最終話に相応しい大人のドラマでした。深くて哀しい…人間の切なさを描いています。

あのー、ネタバレするようですが、全ての元凶は、次女セーラ。彼女が三女(妹)メアリーの夫に横恋慕したのが始まりです。何とか言い寄ろうとしても、義弟は目もくれず。セーラは画策します。

『妹夫婦の仲を裂こう。そうすれば義弟は私を見てくれる』で、妹に別の男性を紹介し、不倫関係になるように仕向ける…。

あのー、このセーラ、義弟ジムが好きなんだけれど、ジムの夫のメンツと言うのを考えないんだろうか???とことん、プライドを傷つけられる筈ですよね、ジムは。

怒り狂ったジムは妻メアリーと愛人を殺し、二人の耳を切り取ってボール箱に入れ、送りつけます。逃げろ、というセーラに「俺はもう逃げられねえ!」と怒鳴りつけるジム。そりゃーそうですよね。あまりにも切ない…。

最後のラストシーン、殺された二人の遺体が氷の下から出て来ます。その時、シャーロック・ホームズの言葉

「何の意味がある?この不幸と暴力と恐怖が指し示すのは何だ?何かあるはずだ。宇宙が偶然に支配される訳はない。目的は何だ?それは人間にとって永遠の謎だよ。答えを見つけた者はいない。」

あまりにも深いセリフで幕を閉じます。そして哀愁漂うテーマ曲(このグラナダ版ホームズ、音楽も素敵です)正しく大人のドラマです。

因みにセーラのキャラって原型はシェアクスピアの【オセロ】のイアーゴかなぁ?なんて思ってしまいますね。愛し合う夫婦を疑心暗鬼にさせ、別れさせる、というキャラって…。

ちふれより

インターネットラジオ『Radio365』【まりこの世の中拝見!】アーカイブスオンエア中!

Radio365




海外ドラマ【シャーロック・ホームズの冒険】

見てます。GYAO!でやってます。グラナダ版で、主役シャーロック・ホームズが、ジェレミー・ブレッド主演です。

これが…結構面白い(笑)古き良き時代の19世紀のイギリス、ロンドンが舞台です。このグラナダ版、他の数々のシャーロック・ホームズの中で、一番評判が高い、と言うか、ジェレミー・ブレッドがホームズらしいホームズ、作品の作りが一番“原作の持ち味を良く出している”もののようですね。

まぁ一面、徹底した階級社会、というか、差別社会、身分社会というか…人は皆平等、等と言うのは全く持って“今の時代の感覚”と言う事が良く判る。当時のイギリス及びヨーロッパ諸国の風習等も結構描かれています。

私ちふれはそもそもクラシック音楽を学んだので、こういう時代には興味があると言うか、一寸憧れがあると言うか…古いものが好きなので見てます。

で、今日見たのが『レディ・フランシスの失踪』ヒロインは貴族の令嬢フランシス・カーファックス姫。このお姫様、結構自己主張が強いのね。

見ていて切なくなりました。そもそもこの時代の女性って、上流階級のレディ達は所謂(お勉強的な)高等教育も受けていなければ、籠の鳥で育ち、世間知らずでもある。世の中の事なんて何も知らない…純粋無垢な感じです。世間ずれしていない訳。

だからアッサリ悪い奴に引っかかったり、騙されてしまう。彼女たちはエリート男性の“付属物”です。アクセサリーと言うか、ペット扱いの部分もある。

男尊女卑の中で生きています。“女はバカな方が可愛いし扱いやすい”ですよ。

生まれてから今まで、食べるには困らないけれど、侍女や使用人にかしずかれて育ち、受けた教育は礼儀作法やダンス、マナー、エチケット、歌や楽器演奏‥もあるかな?『小公女セーラ』の時代ですよね。セーラの寄宿したミンチン女学院はこういった科目履修します。勉強的なものはせいぜいフランス語、かな?フランス語は当時の上流階級の子女の必須科目でもありました。言葉が優雅で美しい…という理由でね。

数学、とか理科、社会や歴史、政治に経済なんてものは勉強させない訳です。理屈っぽくなっても困るから。

このホームズ版の別のエピソードでさる上流婦人のセリフ『私には夫の愛が全てです』正しくペットなんです。哀しいけれど…。

女性は綺麗に着飾り、淑やかに優雅に微笑み、素直に男性についていくのが良し、とされました。生きてゆくための余計な知恵はつけない訳。世間ずれもさせない。可愛げないから。女性が自力で生きてゆく事なんて考えもしないんですよ。

彼女たちが受けている教育は完全にこういう“花嫁修業”“花嫁教育”で、“花嫁学校卒業”

この“花嫁学校”と言うのが、今に通じる、女子大や女子短大の教育です。良妻賢母って事。フィニッシング・スクールはこういう教育をするんですよ。

で、フランシス・カーファックス姫、悪い詐欺師にアッサリ引っかかっちゃう。堅実な貴族の兄や、優しく誠実な夫がいるのに…。

でも多分、フランシスは“生きがい”が無かったんじゃないかな?単なる籠の鳥ではつまらない…自分の人生を自分で行きたい…そう思っていたと思う。

人間、食べるに困らなければそれでよし、ではないんですね。

ちふれより




映画感想【チャット ~罠に堕ちた美少女~】

を見ました。

副題“の罠に落ちた美少女”って…結構その手のエロ映画かなぁ?って思わせるけれど(笑)全然違う。GYAO!でやってました。

あのー、結構考えさせられましたね。ストーリーは14歳の少女アニーがチャットで知り合ったチャーリーと言う16歳の男の子とのチャット交際。だが、実際に会ってみたら30代半ばのオジサンだった…。だが、中年オジサンのチャーリーは言葉巧みにアニーを丸め込み、モーテルに連れ込んで関係を持つ…。

最初は16歳だったチャーリーはチャット途中で“20歳”と言い出し、果ては“ゴメン、実は25歳の大学院生なんだ”って言い出す始末。どれがホントなんねんって!

だが実際は30代半ばの少女趣味のオジサンだった…。最初のデートの時に、“君が欲しがっていた下着”って真っ赤な下着を渡す…その時点で、アニーには引いてほしいんですけれどネ、こっちは!なんぼ何でも、一番最初のリアルデートで下着プレゼントは無いと思う。私だったら引くわ、完全に。

ただ、このチャーリーのキャラクターが描き方が上手いと思う。少女を言葉巧みに丸め込み、誘惑していく…。そのシーンは迫力あります。

アニーの友人の通報で、チャーリーとの事ば判明するアニー。その時点から、彼女は『レイプ犯の被害者』になります。まぁ、14歳と30代半ばのカップルですからね。不自然と言うか、恋人同士と言うには無理がある。

この作品で一番難しく、判断に迷うのは『これはレイプなのか?レイプでないのか?』と言う点でしょう。アニーがチャーリーと関係を持ったのは“合意”。腕をつかまれ、無理やりモーテルに引き摺り込まれた訳ではありません。無論、中年オジサンのチャーリーに、も丸め込まれているんですけれどネ。

コトが発覚し、大騒ぎになってもあくまでチャーリーをかばうアニー。彼女にとって彼は恋人なんでしょう。周りはそうは見ていないけれど。そんなアニーが初めて“騙された”と気づくのは、FBIが“チャーリーにレイプされた、他の被害者の女の子”の写真を見せられた時。この時初めて彼女は自分がチャーリーにとって、“特別な存在”等ではなく、“ワンオブゼムの一人”に過ぎないと理解します。半狂乱になるアニー。

チャーリーは自分の身体だけが目当てだった、と気づくんですよね。

映画の最後に何とチャーリーが出て来ます。彼は高校の物理の教師で、良き夫、良き父親で良き教員で生活している、という事実。アニーの一家は半狂乱なのに、加害者は平然と日常生活を営んでいる…怖いシーンです。

ともあれ、色々と考えさせられる映画でした。

ちふれより