我が家の置物事情…。

えー、ウチのアクセサリー(?)です。

一点ずつ、トラ猫の置物、イギリスの精霊(妖精?)置物、ガラスのうさぎ(耳が取れてる…同名の本、ありましたよね~)、置時計(和光製)

で、四点揃ったとこ(場所は電子ピアノの上です)

四点揃って可愛がって(?)ます。いずれも常時、ピアノの上に置いてあります。

別に無くったって良いんですけれどね。でもワタクシ、ピアノの練習中に眺めては癒されてます。

トラ猫の置物なんて、実家にいた時からピアノの上に有りました。妖精の置物やガラスのうさぎもそう。

もう、10数年はうちの子です。ガラスのうさぎは耳が取れちゃって…耳は隣に置いてます。誰か付けて~…。

和光製の置時計はまぁ、時計という実用品なれど、ファッション性が強いので、やはりアクセサリーとして扱えますね。

この時計、友人の結婚祝いのお返しで頂きました。結構お気に入り。

時計はあと二つ、目覚まし時計があります。こっちは実用オンリー。

うち一つは、17年使っており、そろそろガタが来てます。目覚ましが鳴らない時がある(!)

実は目覚ましが鳴らず、約束の時間に遅れてしまった事があります。その時に新しい時計を購入しておく事を即決。

無論、17年使用の方を完全故障まで待ち、その時に処分して新しい物を購入しても良いんですよ。だけど…ね。

その前に、目覚ましが鳴らないのは困る(!!)

ケータイのアラーム機能使えば良いんでしょうが、ワタクシちふれ、基本、IT関係は弱く、未だにガラケーの機能を全て使いこなせていません。

アラームかけておいたはずが、消音設定で鳴らなかった事まであるので、これまた危なっかしくて…ね。

17年の方は、ホントにガタが来るまで使い切ります。もう数ヶ月…かな?

ミニマリストの方の中には、こんな置物を置かない方々も多いとは思いますが…ウチはユル~い感じでのシンプルライフ。

心癒されるモノは持っていて良し!の感覚です。

こういうモノ、多すぎても困るんですよ。ゴチャついて。だからこれ以上、増やしません。

ミニマム生活はほどほどに、という感じのちふれでした。

ちふれより




web記事【仕事で自己実現を目指してはいけない「サラリーマン」という身分】を読んで…

この記事です。

【仕事で自己実現を目指してはいけない「サラリーマン」という身分】

読んで「うーん…」となりました。

確かに“組織”ってこういう処、ありますよね。会社組織の中で、“飛び抜けた能力”や“個性”“自己主張”…etc.これって排除される傾向にある。

早い話が、“組織の歯車”になる事を要求されます。これが横並びの原因。

戦後の“一億総中流”の社会の中で“皆と同じ”である事が求められ、大衆化が求められ(周りと一緒)、個人の自己主張は否定されてしまうんですね。何故なら、組織の中では『一人飛び抜けた自己主張は邪魔になる』(個性や能力ね)

何か特別に優秀な能力があっても、その人物は、能力と共に、自負心やプライドが共に育っているから。

何か一つの取柄や特技があるという事は、組織で働く場合、性格的に確かに周りと衝突しがちなんですね。そういうとこ。

「自分はこれだけは誰にも負けない」「自分はコレをやってきた」と言うプライド、組織の経営者としては使いにくい部分がある。

特に一億総中流、一億総大衆の中で、中流や大衆に合わせたニーズの商品を大量生産する企業として…。

戦後の日本と言うのは、第一級品の美品ではない、中堅クラスのそこそこの品を大量生産して売り上げを上げて来た訳です。

中堅クラスの品、と言うのは中流や大衆に受け入れられやすい。

ピアノで言えば、シュタインウェイやベーゼンドルファーではなく、国産の某ヤマハの中堅クラスのピアノ。

某ヤマハの中堅クラスのピアノ、ここで申し上げておきますが、決して悪い楽器ではありません。私も実家に某ヤマハのグランドピアノ、あるけど。

が、クラシック界で世界的名器と言われる、シュタインウェイやらベーゼンドルファーやら…とは『一段違う』感じはします。

最も私はベーゼンドルファーに関して言えば、あんまり言えないけれど…知らないから(笑)

ベーゼン、あまり弾いた事無いんですよ。

シュタインウェイならよく解ります。音大時代に師事した三津橋文子先生に、シュタインウェイの音色の出し方、叩き込まれましたし。

シュタインウェイってね…音色が深いんですよ。『(低音部が)海の底よりも深く(高音部が)空の果てよりも高く澄んだ音色』なんです。

某NHK番組【プロジェクトX】で『リヒテルの愛したピアノ』でスヴャトスラフ・リヒテルが言ったように。

確かにシュタインウェイはそういう音色です。上手な人が弾くと、とりわけ美しい音色になる。

だけど、これは一般の人ではわからない感覚です。ある程度、そういう耳の訓練をしていないと。

そしてシュタインウェイは今でも全て手作り、ハンドメイド。オーダー(注文)を受けて10年待たされるそうです。

決して大量生産、大量消費ではないのね。

一方、国産の中堅クラスの某ヤマハは…浜松の工場で大量生産してます。

そういう意味では…何か、レベルが違う訳ですよね。商品の。

最も某ヤマハでも(外国ブランド、シュタインウェイか?)に負けないピアノ、と言って『CFシリーズ』があります。今は『CF-S』シリーズかな?

実は私ちふれ、母校の特修科の修了演奏会でこの『CF』シリーズでした。弾いた感触は…悪くありませんでしたね。

まぁ流石、シュタインウェイに負けない、と言って出すだけあるな?と思った記憶があります、が、後は私自身の好みですが、「でもシュタインウェイの方が私はまだ好きだな」とも思いました。

これはもう、楽器の好みの問題です。私の弾き方がシュタインウェイの音色の出し方に慣れていた…とかいうのもあると思うし。

何せ、シュタインウェイの音色にうるさかった三津橋先生です。

でもこれは解る人じゃないと解らない。そういうものだとも思います。一般大衆に解らなくてもいい、とも思いますし。

シュタインウェイは決して『一般大衆』向けのモノではないんですよ。世界に誇る、第一級品の高級ブランド。ヴィンテージ物とも言えます。

話戻すと、これがつまり『組織の中で一人飛び抜けた感覚』なんですね。組織の中で“皆と一緒”じゃない。

私もそうですが、『一人飛び抜けた自己主張』『飛び抜けた個性』『飛び抜けた能力』(私がこれはそんなにあるとは思わないけれど)場合、これは組織に属さない方が良い。

合わないですよ、みんなと。むしろ、独立系の仕事(フリーランスやベンチャー社長)が似合う。

独立系の仕事は徹底的に自己主張です。自己主張とプライドの塊、と思った方が良いです。そうじゃないとやっていけない。

が、組織の世界は違うんですね。個人的な自己主張はマイナス。

自己主張せず、組織の歯車になりきる事により、安定した固定収入を得る訳です。

そして、みんなと一緒、という感覚。職場の仲間と一緒なんです。

組織と独立、どっちが良いか、解らないですね。

ちふれより




ボールペン一本を使い切りました…。

嬉しいですね~。モノを最後まで使い切るって。充実感ある。

断捨離以前はこんな事中々ありませんでした。皆途中の中途半端で、そこいら辺にポイッ。

で、いつの間にか、無くなっています…紛失状況(笑)

ボールペン一本、使い切る事って結構意識しないと出来ないと思います。

派遣の職場で書こうとしたら…インクが出なかった。

確かにこれは状況としては困ります。が、直ぐに「スミマセン、ボールペン切らしちゃって、今日一日貸してください」で一日凌ぎました。

その場で捨てればよいものを、わざわざ自宅まで持って帰りましたよ。写真も取る為に…ね。

カナダ在住の筆子さん(ミニマリストブロガーさん“筆子ジャーナル”運営)は“大量生産、大量消費の現在、ボールペン一本を使い切る事はなかなか意識しないと出来ない”と仰ってます。

『モノを使い切る暮らし』の経験値を高める、とも。

私の派遣の職場は現在、結構メモが必要で、ボールペンは必須です。従って消耗は激しいです。でも使い切って気持ち良い!

モノの天寿を全うさせた、という事になりますから。プチ達成感!です。

例え消耗品でも、最後まで使い切るのが、モノに対する礼儀。

これからも一本一本、大切に最後まで使い切っていこうと思います。

ちふれより




またまたさる住宅問題を考える会に参加しました…。

そこで聞いた話ですが…。

さる不動産業界の方のお話です。

今、国でも『住宅セーフティネット法』と言うのがあるんですね。

コレです。

『住宅セーフティネット法』

まぁ、貧困だー格差だー、と騒ぎ立てられている昨今、国交省を始めとする国や行政も、住宅問題に無関心ではないという事でしょうね。

実際、住居費が高い、と言われている反面、空き家問題が深刻化してますし…。

で、その方曰く

「介護や福祉の世界の方が、こういう事に興味持って下さるんですよ。肝心かなめの不動産関連よりね。『私で入れますか?』とか問い合わせも多くて…」

「介護や福祉?どうしてですか?」と私が聞くと

「賃貸住宅に住んでいる年配の方なんか、特にそう。出て行けと言われる事もあるらしくて…」

「…!?」これはビックリしました。

それは、『年寄りに大家は部屋を貸したがらない』は良く聞きますよ。孤独死が怖いらしいし。だけどそれは“改めて部屋を借りる場合”だと思ってましたー。

現に今住んでいる部屋を『年取ったから出ていけ』『病気だから出ていけ』『ケガで介護が必要だから出ていけ』…こんなのって言えない筈なんです!!

契約がきちんとした借地借家法に乗っ取ったものであり、契約期間中は大家サイドの退去請求は“正当事由”(理由)が必要なんです。年と取ったから、ケガしたから、病気だから、介護が必要だから…なんて、理由にならない!!!

コレ、違法な『追い出し』以外の何物でもありません!!入居者には民法上の“居住権”が認められています。

訴訟になったって大家は100%、負けます!(因みに大家サイドの“退去請求”は最終的には訴訟で裁判官の判決が出ない限り、追い出せません。強引な追い出し行為は“違法”であり、“住居不法侵入”です)

最も居住権が危ないのは定期借家、これは契約期間中は居住権を主張出来ても、契約が切れた場合には更新出ないので、正当事由が不要です。これは居住権が弱い契約です。注意してくださいね…。

年取ったから出ていけ、と言われたって『私は出ません』と内容証明の一本も送付して無視して構わないものです。けれど…。

こういう大家や管理会社って…あるのね。家賃の不払いなら解るけれど、何の落ち度も無いのに『年取ったから』出ていけ…ひどい話です。

こういうのを聞くと、ホントに今の日本って賃貸住宅の方は放ったらかし状態!だったんだなぁ…って思いますね。完全に国は持家志向でね。

生涯賃貸で暮らす、というライフステージ、ライフプランが全く無かった!!

賃貸はあくまでも、『若い時の一時的な仮住まい』で、郊外に庭付き一戸建てを持ち、マイホームとマイカーを所持して“住宅すごろく”の一丁上がり!です。

ヘタすれば『投資用のマンション』をセカンドハウスとして所持、資産運用で副収入…ここに賃貸住宅の入居者目線の発想はありません。

賃貸の世界ってホント、社会システムから切り捨てられてきたんだなって思います。

改めて賃貸について考えさせられた事でした。

ちふれより




セーターを二枚、購入しました…。

何れもユニクロのものです。

ユニクロって安物のイメージがありますが、デザインがシンプルなんです。だから何を身に付けても比較的着回しがラク。

Vネックセーターで、薄手なので、持ち運びも楽なのも理由の一つ。

一枚は赤で、一枚は紺。

紺の方は派遣の仕事用です。地味系色が好まれることが多いので…。

で、今まで2枚ですが、派遣の仕事用のセーター(結構厚手)、これはクリーニングに出して、実家の父に返却します。

そう、何と私は実家の父の男物のセーターを借りて派遣の仕事で着用していました。これが…、部屋で嵩張るんですよ。

厚手なので場所のスペースも取り、着用時で一時脱ぎの時も、持つのが一苦労。

職場のロッカー等でも場所取ります。こういうのは有り難くない。

で、父に返却。

もう一枚は、ウールの紺のカーディガンなんですが、これが私らしく、10数年~20年は着用してます。

で…肘に穴が開いてしまったんですよ(笑)

以前にも、脇の部分が穴が開いたんですが、これは自前で修理。

肘の穴は2か所目です。

このカーディガン、フロントの胸の部分に可愛らしい刺繍が付いていて、結構お気に入り、でした。

ピアニストとしてのお仕事で着用する事も多かったんです。が…。

肘の部分は修理したとしても、結構もうくたびれています。音楽のお仕事でこれ着て行けるか???

やっぱり、仕事となると、社会的信用、と言うものがなぁ…???

いちおー、花形職業だし…ね。

と言う訳で、『ピアノのお仕事で着用できるもの』を新たに購入。

例えユニクロでも、破損したり、くたびれていず、且つチープな感じがしなければ、十分着用可能。

古いカーディガンは…考え中(笑)普段着で着つくすかな?

処分も検討してます…が、トコトン修理して、ボロボロになるまで着たい、という気持ちですね。

シンプルライフを提唱する者として、確かに“ワンイン・ワンアウト”(一つ入ったら一つ捨てる)はあると思いますが、衣類ってあまり厳密に出来ないとも思います。

何故なら『コレを捨てる!』と決断した時に、直ぐに直ちに新しいモノが購入できるとは限らないから。

衣服はファッション性もある。お気に入りのデザイン、お気に入りの色やサイズ…これは、気に入った服を見つけた時でなければ、手に入らない。

『良い物』『掘り出し物』を見つけた時にパッと買う。こういう感覚もあると思うんですよ。

断捨離予定のモノがある場合、スペアに購入しておく。

コレがダメになったらどうしよう…?コレが使えなくなったら???

その時のスペアです。但し…

スペアを購入する時は最低限、『断捨離予定のモノ』は予め想定しておく事が必要ですが…。そうでないとクローゼットが膨れ上がります。

あまり厳密に(断捨離の)ルールを決めなくて良いんじゃないかな?

ちふれより




冷蔵庫のサイズは小さめの方が良いです…。

以前から家具家電はコンパクトにした方が生活がラク、と書いていますが、特に冷蔵庫はそうです。

ウチにある冷蔵庫(正確には冷凍冷蔵庫)ハイアールの2ドア式、98Lでシングル用としては最低限!です。

最も良くビジネスホテルにある、1ドアの冷蔵庫(冷凍庫が無い)もあるので、最低限とは言えないかもしれませんが、アレでは流石に自炊はキツいであろう?と思うので、自炊する一人暮らしとしては、98Lが最低は必要でしょうね。

この冷蔵庫を購入したのは9年前、シェアハウスに住んでいた時でした。

シェアハウスなので、キッチンは共有、冷蔵庫も共有で各自、食材に自分の名前と部屋番号を記入しておく…のですが、キッチン内で食料品ドロボーが頻発。管理会社に言ってもラチが明かず…で、私は覚悟を決め、個室内に今の冷蔵庫を購入した訳です。

4畳足らずの小さな部屋でしたし、今みたいにシンプルライフに目覚めていず、モノはドッサリあったので、

「これ以上、大きなモノは買えない」とばかりに、最低限のサイズの冷蔵庫にしました。

それが今の冷蔵庫な訳。

断捨離やシンプルライフ、ミニマム生活に目覚める前は“小さいし、買い換えようか?”(冷蔵庫の扉の部分が調味料が独占、ドリンク類が1L一本しか入らない)と何度思ったことか…。

が、現在は“冷蔵庫も少々小さめの方が良い”と言う結論に達しました。

何故なら、食料品を買い過ぎないから。

買い過ぎないから、食べ切れるし、冷蔵庫の中にあるものも見渡せます。奥の方で“食べ忘れている”モノが無い。

直令式なので、霜取りしなければならないのが一寸面倒だけど。

大きい冷蔵庫ではそうはいきません。

私の実家の冷蔵庫は、父と母との老夫婦二人だけなのに、非常に大きい。そして、冷蔵庫の中には、何ヶ月も前の食材が…( 一一)

ハッキリ言って食べ忘れてます。食料品て…肉や魚は元々動物ですよ(!?)

命があったんです(無論、野菜や穀物も命がありました)それを人間さまが殺した…。

食べなければ、バチが当たりますよね?せめて…。

動植物はゴミになる為に殺された訳ではありません。

今、私は冷蔵庫を開けるたびに中を見渡せ、食品の在庫をラクに確認出来ます。これは小さい冷蔵庫だからです。

考えて見れば、冷蔵庫も収納用具です。いたずらにモノを増やさない為には、まずは収納を少なめに、と言うのは断捨離のセオリーですよね。

家電量販店の白物家電売り場に行けば、冷蔵庫の大型な事…あんなに大型なもの、必要なんでしょうか?

皆さん、ちゃんと食料品、食べ切っているのかな?と思います。案外、私の実家みたいに“冷蔵庫の奥で食べ忘れている”食品って無いかな?

勿体ないですよね?しかも大型であればあるほど、電気代もかかります。そして本体代も高い!

10万は当たり前、20万とか30万とか…で、400Lとか500L。

幾ら食べ盛りの子供が何人もいても…です。冷蔵庫の奥に死蔵品になってそう。

ミニマリストの方の中には、ファミリーの四人家族(夫婦二人に子供二人)で、168Lの冷蔵庫一台で生活している方もいます。

この方です。

【持たない暮らし、使い切る暮らし『それ、いらない』】

沖縄在住のちゅらさんです。

ちゅらさんご自身も電気屋さんで冷蔵庫の大容量さと価格にビックリされていらっしゃる(笑)

ちゅらさん宅の冷蔵庫はホント、スッキリしてます。

全部食べ切ってからでないと買わない、と言うのは偉い!

4人家族でも168Lで充分なんですよね。

それではこの辺で。

ちふれより




人は何故モノを持ちたがるのか…?

人は何故モノを持ちたがるのか?

今日はそれについて考えて見ようと思います。

断捨離の世界、ミニマリストやシンプルライフを見れば判る通り、人が生活していくのに、実はそんなに多くのモノは必要ありません。

今持っている8割のモノが必要ないくらいです。

ではなぜ、持ちたがるのか??

「みんながやっているから」
「みんなが持っているから」
「これが今、流行っているから」
「格好良く思われたい」
「(学校や職場で)雑談の仲間外れになりたくない」
…etc.

色々ありますが、つまりはコレって、“見栄”なんですね。人から良く見られたい、良く思われたい…。

そういう気持ちを人間は持っています。

資本主義、と言うのは、そういう人間の欲望や見栄を最大限に引き出す部分があります。

それを決して否定はしませんが、人は無警戒でいると、こういう気持ちに引きずられます。

『見栄の消費』アメリカではこう呼んでいる人がいます。

【浪費するアメリカ人-何故要らないモノまで欲しがるか?】(ジュリエット・B・ショア著)

これはなかなか迫力ある著書です。人が何を持っているか?何を身に付けているか?で社会的階級ステータスが決まる…。

だから人から認められる為に高級品を持ったり、身に着けたり、広い家や大きな車を買ったりする。

ブランド物なんて、その最たるものですよね。周りに誇示する為に持つ。

他人と比較し、比べあってる。

日本の場合には、『みんなが持っているモノを持たないと(身に付けないと)仲間外れになる』(学校や職場で)

一昔前、バブル時代がそうでしたね。OLさんも、ブランド物を持たないとOL仲間から仲間外れになり、会社からはそれだけで『協調性が無い』と言うレッテルが張られます。

学生も『クラスで流行っているモノを持たないとクラスメートから仲間外れになる』(話題に入れなくなる)。コレ、私がそうでしたが…。

子供が親にモノをねだり、手に入れようとする言葉の1つに

「みんな持っているのに!(だからボクにも買って!)」があります。大抵の親はこの言葉に弱い(ウチの親はそうじゃありませんでしたが…この言葉は徹底的に私は撃退されました…笑)

日本人てどこかムラ社会なので、「他の人々が持っているモノは持たなくてはならない」強迫観念があります。

『人は皆平等の民主主義』がこれに拍車をかけます。平等と言う事は同じでなければならない…違ってはならない…怖い価値観です。

学校教育の『集団生活、団体生活、協調性』の教育が不要、と私ちふれが考える理由がコレなんです。人との差異を認めないことに繋がる。

他人から仲間外れになる事を恐れてはいけない、と私ちふれは思います。周りと一緒に乗る事は無い。

ウチの親なんて徹底的に「他人と自分とを比べるな、他人の持っているモノを羨ましがるな、人は人、ウチはウチ」で人は色々あるの!で済まされましたね。

「学校のクラスでみんなが持っているから私も欲しい」なんて言葉は徹底的に母は嫌いました。

こういうトコ、ウチの親って偉かったな、と思います。

以前に、貧困家庭のシングルマザーさんが、公営住宅の家賃を払えず、無理心中しようと、中学生の娘を絞殺した事件がありました。生活保護を申請に行ったものの、窓口の“水際作戦”で追い返された…。

とても悲劇的な事件で、気の毒になりますが、あのシンママさん、(多分、非正規雇用とかで)生活費が足らず、生活保護の申請にまで行っているのに、絞殺した娘の『アイドルの追っかけやコンサート費用』まで借金して出してやっていたんですよね。

生活苦しいのに、一体何故だと思います?

が、答えは「娘が学校で友達から仲間外れになるから」

コレなんです。だけど…借金してまで遊ぶお金(アイドルの追っかけなんて遊びですよね?)を捻りだしても、殺しちゃう方がもっと可哀想だと思うけれど…。

子供には教えなければならないんですよ。

「ウチはよそとは違うんだ!ウチは遊ぶお金なんて出せないから我慢しなさい」ってね。

仲間外れになる事を恐れてはいけないと思います。このお母さん、ホント、見栄張ってる。

見栄は人生で大敵なんですよ。見栄で人は転落する。

「この位は普通」の“普通”のレベルが高くなっちゃうと、イザ節約!しようとしても、中々出来ないんですね。

生活のダウンサイジングが出来ない。元々高収入家庭の人が、収入減になった時、家計が破綻するのはよくある話。

生活レベル、下げられないんです。妙なプライドがある。

節約すれば、年収300~400万でも生活できるのに、年収1500万とか、2000万あった人が、年収300万になった時、怖い事になる。

身の回りのモノはブランド物(逆に私は安っぽくて嫌ですが)食事は毎回オーガニックや有機、車は高級車で、豪華タワマンに住んで…が普通だと、レベルが下げられない。

節約と言ったって、別にみすぼらしい訳ではありません。ただ単に“ムダ遣いしない”“浪費しない”だけ。

要らないモノは買わない。持たない。欲しいと必要は違うんです。

欲しいではなく、必要かどうかで、モノを買いましょうよ。

ちふれより